若者の日常小説(3)
黒いキャップを被ってマスクをした細身の男。黒いビッグサイズのTシャツに黒いスキニー、夜でもわかる明るい髪色から見え隠れするバチバチのえぐいピアスが街灯の細い光を反射している。僕が住んでるような微妙な田舎に大勢いるタイプではない。顔は目元しか確認できないが、僕より少し年上、大学生くらいに見えるその男は、目を細めて持っていたビニール袋をこちらへ差し出した。
「これあげる」
中身は見えない。焼き芋が2本分くらい入っていそうなボリューム感で、だけど気配はもっと柔らかく、なんとなく直感的に濡れ雑巾かと思って僕は口元を強張らせる。いるわけないだろ。
ヤバいのに絡まれてしまったかもしれない。さっさとこの場を去ろうにも自転車のすぐ側には細身とはいえ僕より上背がある男が立っていて、正直拳の喧嘩になっちゃったら僕は勝てる気がしない。反応できずにいる僕に構わず男は自転車のカゴにビニール袋を入れた。ぐにゃ、と中の物が崩れるように僅かに震える。おい勝手に入れんなよ、なんだかわかんないけど多分汚いものを。
「ねえ、マスク」
男が空いた手で己のマスクを指差した。
「いけないんだ、みんなつけてんのに。ウイルス移して死んじゃったら人殺しだよ」
男がしているマスクは一般的な真っ白の不織布マスクだったが、それが闇夜の黒尽くめから浮き上がって異様な存在感を放っている。
鼻白んだ僕を見て男が笑った気配がした。
「よかった、このゴミにぴったりの人がいて」
やっぱゴミじゃねーか! ってゴミ袋に視線をやった瞬間に男は素早く身を翻すと、あっという間にその場を去ってしまった。闇に紛れてしまって一瞬で見失う。男の存在に気付いて1分くらいしか経たない間に、一方的に話しかけられてゴミ押し付けられて僕は一言も喋れず動きもできなかった。
ナメられた。多分僕が男にしては小柄でいかにもインドアだから? ふつふつと怒りが沸き上がる。この公園にはゴミ箱がないが家まで持って帰るのなんか絶対にごめんだし、それ以前に内容物がわからない小汚いビニール袋を素手で持って、自転車のカゴから下ろさなければならない、それを思うと嫌悪感で胸が重くなって熱い怒りと相まってやり場がなくてもう笑えてくる。ぶち殺すぞ。
僕は5分かけて黒尽くめの男の背中にドロップキックを決めてアスファルトに叩きつけたのち膝の裏を踏み抜いて立てなくなった男の頭にゴミ袋の中身をぶちまけた。頭の中で。そのあとベンチに戻って更に10分ほど途方に暮れて、一瞬親に迎えに来てもらおうかとか考えたけどさすがに情けなくて却下して覚悟を決めて自転車に近づいてカゴを覗き込む。近くで見ればビニールの外からでもわかる湿った感触。生ゴミだったら公園の植木の下にでもこっそり捨てて大丈夫なんじゃないか? でもウンコとかだったら本当に無理すぎる、なんて考えながら恐る恐る袋の取っ手をつまんで少しだけ開けた中から、微かに、本当に微かに鳴き声がしてそして理解してしまった。袋の中身を。