若者の青春小説(6)

(5)

2学期の初日の朝、西原は僕の家に迎えに来た。
「おう、おはよ」
暗がりで私服姿を見たときはピンとこなかったのだが、こうして明るい陽の下で制服姿を見ると、確かに見覚えのある背格好だ。ただマスクの下の顔は見たことがないからやっぱり判別がつくってほどではなくて、逆にマスクをしてない僕の顔を通りすがりに一発で見分けた西原ってすごいな、と純粋に思う。並んで自転車を漕ぎながら西原が話すのは他愛もないことだ。
「野中って弁当? 今日から一緒に食おうぜ。あと2人いつメンがいるんだけどさ、そいつらもオッケーだと思うし」
猫の件を心配して来てくれたんだと思うけど、西原は話題に出さなかった。その日の昼も、放課後も、次の日もずっと。
誘われるまま西原の友達の土田と安藤とも昼食を共にするようになって、朝も挨拶するし移動教室も一緒にするし体育ではペアを組むし放課後も一緒に帰るようになって、その頃には僕は3人とも目元だけで判別がつくようになっているしそれどころかクラスの大半のことがもうわかる。コロナのせいで授業時数がカツカツで強引に組まれてるスケジュールも僕らはこなさなきゃいけなくて、僕はいつの間にか超能力者と戦わなくなった。
この町のコロナ感染者数は50人を越えて、この間クラスターが発生したのは土田のお姉ちゃんの友達のバイト先だそうだ。幸いその友達は陰性だったらしいが、もしかしたら回りに回って回って僕のところまで来てた可能性はある。だもんで僕と西原は用心しつつも、やっぱり学生生活は謳歌したくて放課後マクドナルドでテイクアウトしたハンバーガー×2とポテトLを誰もいない公園に持ち込んで2メートルほど贅沢にソーシャルディスタンスを保ちながら食らう。そうしてマック食らいながらした会話で驚くべき共通点が見つかって僕らは色めき立った。
「お前もあの漫画読んでんの!?」
90年代頭の作品である例のアクショングロ漫画を、まさか身近な同級生が読んでいるとは思わなかった。西原とこの作品との出会いは僕よりもマニアックで、なんでも最初に触れたのはもう既にパッケージは生産終了しているOVAだと言う。似たタイトルの作品をサブスクで検索したところ間違えて観て、そこからハマって原作漫画にも手を出したらしい。
「あれはガチで名作だよ、なのに勧めても絵が古いとか金がないとか言って誰も読まねえの」
「僕の家、紙本あるから貸せるよ」
「すげえ! 俺にも貸してくれ、もう何回も読んでるけど」
それで迫力あるアクションシーンや重厚なストーリー、独特でかっこいい台詞回しなんかの魅力をひとしきり語り合ったあと、急に西原は声を潜めて、そしてマスク越しにも想像がつくいたずらな笑みを浮かべた。
「でもさ、俺、一番最初にいいなって思ったのはそこじゃないんだ」
そう、僕にとっては当たり前のことだから回想するときにいちいち言語化したりしなかったんだけど、小1の僕があれにハマった最初の切欠もアクションシーンやストーリーではなかった。グロ描写でもない。僕のお目当ては、不死身の美少女の乳首、これに他ならなかった。ちなみに不死身の美少女以外にもこの作品にはヒロインが4人いて、戦闘のたびに都合よく衣服が破れておっぱいやパンツを見せてくれる。それが小1の僕にはたまらなく過激で魅力的だったのだ。グロシーンの筆致に憧れたのも嘘ではないが、もし母親に見つかるリスクが全くなければ、僕はきっと乳首を模写していただろう。小1の僕は乳首が好きだったし、高1の僕も今まで言語化はしなかったけど正直なところ乳首には非常に興味がある。そりゃそうだ、男なら誰でも乳首は好きでそれが普通。普通の高1男子なんだよ。僕は。そんなわけで西原の言わんとすることが痛いほどわかった僕は脇腹が痛むほどに笑い転げた。
僕は万が一にも今この歳で死にたくはないし、家族や周りの人を苦しめたくもないし、通りすがりの知らない人に白い目で見られるのも嫌だから、今日もマスクをつけて家を出て、特別なこともない当たり前の普通の日常を送る。教科書の太字の項目も猫殺しの黒尽くめもいつだって日常の隣にあって、遭うかもしれないし遭わないかもしれない、だけどいざってときに自分に何ができるのか、何がしたいのか、妄想しておくのは悪いことじゃないだろう。大事なのは、いつだって、僕は僕の当事者だってことなんだ。

おしまい

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