せっかく・・・は自分矢印
「メモは捨てろ!」
「いやいや、せっかく準備したんですよ」
「大丈夫、大事な質問は残ってるから。もっと自分を信じて」
以前、編集長とそんなやり取りをしたが、今更ながらその真意がだんだん分かってきた。
当時私が新聞記者だったころ、決まったルーティンとしてしっかりインタビュー相手の下調べをし、年齢、血液型、家族構成はもちろんのこと、なるべく多く語ってくれそうな話題を見つけ、趣味趣向、好きな旅先など、作家であればできる限り本屋でその方の本を読んで当日に臨んでいた。ちなみに、その作家は浅田次郎さん、ミュージシャンで言うと南こうせつさんや加藤登紀子さん、ジャズピアニストの上原ひろみさんなど、皆さん個性があって魅力的だったがサンフランシスコに来られる著名人にお話を聞き、現地の人に記事を届ける仕事をしていた。
ある日、偶然にもピューリッツァー賞をとられた方に取材をする機会を得られた。緊張のあまりメモ帳の裏表が汗で柔らかくなっていたのを覚えている。しっかり後悔ない準備をし(ここは自信を持って言える)、10以上の質問の書いてあるメモを観ながら質問した。
そんなまさに戦いの時、同席していた編集長から突然言われた。
「メモは捨てろ」
当時レコーダーのように録音できる機械もなく、英語で聞き逃すと終わり、時間も限られた一発勝負、私にとってメモが生命線だった。『何を言ってるんだ』と思っていた当時が恥ずかしくなるが、彼が言いたかったのは私が生きた質問をしていなかったこと。
営業マンあるあるで、私もがっつり経験済みだが、準備を重ねて重ねるほど、自分がセールスしたいモノや商品が出てきて「今日はこれを売りたい!」と意気込んでしまう。今思えば、私もそのピューリッツァー賞受賞者にはこれを訊こう!訊きたい!とまさに意気込んでいた。
いつも忘れてはいけないもの。
それは目の前の人。
本来、準備は相手のためにやっているはずなのに、
いつの間にか自分矢印になっていたことを実感した。
準備の大切さも教えてくれた編集長からの言葉「メモは捨てろ」。
せっかく・・・と思ってしまったとき、自分の矢印が自分に向いていることを再認識する。