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SS【目安箱】


ぼくの勤める会社に目安箱が設置された。


意見要望を総務に届けて福利厚生を充実させることが目的らしい。


たとえば冬に備えてヒートベスト、夏なら空調服を支給してほしいとか、休憩所を広くしてほしいなどの要望を用紙に書いて目安箱に投函する。


目安箱は出勤と退勤の時に必ず通る保安所に設置され、匿名でも受け付けてくれる。



もちろんすべての要望に応えてくれるわけではない。




匿名でも受け付けているせいか、透明な目安箱には毎日のように折りたたまれた用紙が数枚投函されていた。


その誰が書いたかも分からないワガママな要望を処理しているのは、何を隠そうぼくだ。


中には議論するに値しないものもある。


そんな要望はスルーするが、同じ筆跡で何度も来たりする。


そのうち「いつになったら聞き入れてもらえるのか? ちゃんと議論されているのか?」と言った、催促ともクレームともとれる文章の書かれた用紙が投函される始末だ。


相手の姿も見えず話し合いもできない状態で、お互いの不満だけが蓄積されていくのだ。



ある日、目安箱に同じような要望の書かれた用紙が五人分投函された。


内容はこうだ。


「目安箱が匿名で投函できることをいいことに、個人的な利益ばかり追求した要望が多いのではないか。情報が共有されず一部の人だけで議論の進む目安箱のシステムは疑問だ」


などなど、目安箱のシステムを疑問視したり、中には目安箱の存在を否定するかのような意見も書かれていた。


筆跡は五枚とも違う。

それからしばらくして目安箱は匿名での投函が禁止になった。

理由は福利厚生に関係の無い意見も多く、自分の意見に責任をもってほしいからとのことだった。


匿名ではなくなったことで要望は減り、ぼくのストレスは軽くなった。


ただ一つ失敗したのは、ぼくが五枚投函したうちの一枚は、ぼく自身が書いてしまったこと。

社長はおそらく気づいているし、ぼくが五人家族ということも知っている。


しかしその時ぼくは気づいていなかった。

匿名の目安箱の設置の話が持ち上がった時、社長はあまりいい顔をしていなかったらしい。

で、担当をぼくにすることを条件に目安箱の設置をしぶしぶ許可したと。

「そんなことなら最初から社長室にでも設置しろよ・・・・・・とぼくは思った」





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こし・いたお
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