SS【まさかのヘルプマーク】
ぼくは恥ずかしながら最近になってヘルプマークを知りました。
ヘルプマークとは手助けや配慮の必要な人が、それを周囲に知らせて協力を得られやすくするためのマークです。
見た目では分かりにくい妊娠初期、精神疾患、発達障害、てんかんなど、それはもう挙げていけばキリがないかもしれません。
絵柄は赤地に白い十字、その下に白いハートです。
バッグの持ち手に付けたり首からぶら下げたりします。
ヘルプマークの裏に、症状やもしもの時の連絡先が書いてある場合もあります。
光を失った人が白杖を使って歩いている時に、周りの人がその人の目になってあげるように、ヘルプマークを身に付けている人に気づいた時も、何もなくてもそっと見守る優しさが大切なんだと、ぼくは自分自身に言い聞かせました。
でも世の中には、予想の斜め上を行くできごともあるようです。
ぼくはある日、駅前にある立ち食いそば屋に寄りました。
気軽に入れる雰囲気が好きなのと、海老天うどんが食べたくて駅に来た時はたまに寄ります。
食いしん坊のぼくはもちろん大盛りで、いなり寿司も二個頼みます。
ぼくが海老天うどんを食べていると中年女性が一人入ってきました。
早朝で開店したばかりなので店内はガラガラです。
なのにわざわざ一番奥に座っているぼくの隣までやってきました。
女性が肩から下げている青色のポーチを見て、ぼくは心の中で「あっ」っと叫びました。
ポーチの持ち手にヘルプマークが付けてあります。
もしかすると何か助けがいるのかもしれないとぼくは思いました。
ぼくは声をかけてみました。
「今から観光ですか?」
「はい、山小屋までの直行バスに乗ろうかと」
「ああ、いいですね。標高が高い場所で綺麗な景色を眺めながら食べるみたらし団子は格別ですよ。ぼくならビールも欲しいところです」
そんなたわいもない話をしていると、店員の声が聞こえてきます。
「月見そばの方ーー」
「はーーい」
カウンターにどんぶりを置き、七味唐辛子を振る女性。
その時、ポーチのヘルプマークがひっくり返りました。
何か書いてあります。症状の説明でしょうか?
ぼくはそれを見て目を疑いました。
そこにはこう書いてあります。
「月を見ると獣人化します。万が一、月を見つめていたら私の目をふさいで下さい。変身が完了すると、見境なく本能のままに暴れてしまいます」
えっ? とぼくは思いました。
次の瞬間、女性の様子が一変しました。
「あああ・・・うがぁ!!」
ぼくはとっさに女性の目を両手でふさぎましたが、もの凄い力で投げ飛ばされました。
ぼくは肩をつかまれ、店の一番奥から入り口まで五メートル近く飛ばされました。
なんとか起き上がると、女性はいつの間にか二回りほど身体が大きくなり、鋭い爪と猛獣のようなキバ、全身は毛むくじゃらになっています。
狼女のようです。
もう変身完了は時間の問題です。
本能のままに暴れられたら店は破壊され、周囲の人がケガをする危険があるでしょう。
ぼくは素早く女性の食べようとしていた月見そばに駆け寄り、ソバの上に乗せられた生卵を箸で切るように形を崩しました。
すると女性は徐々に元の姿に戻っていきます。
女性は完全に元に戻ると、またやってしまったという表情で言いました。「すいません。私やらかしました?」
「いえ、なんとかセーフでした。ぼくは投げられましたけど、打たれ強いので問題ありません。それより、生卵で変身するならみたらし団子もやめた方がいいですよ。あの、ここで知り合えたのも何かの縁ですし、今度一緒に丸くないもの食べにいきませんか?」
こうしてぼくには少し変わった異性の友人ができました。
終
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