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SS【エール】1220字


作家志望のぼくはいつまで経っても華がない。コツコツ頑張ってきたつもりだったけど、そろそろ見切りをつける時なのかもしれない。最近そう思うことが増えてきた。

そんな時に知ったのが前世の記憶を映画予告のように数分に要約して体験することのできる前世仮想体験装置。それは前世体験を提供する会社、カコシルのメインコンテンツ。ぼくはその体験ルームへとやってきた。 

オフホワイトで統一された部屋は、森の香りが漂い、ファンタジー世界へ誘われそうなBGMが流れていた。ベッドに仰向けになれば、注射針から腕に投入されたナノボットがぼくの脳へ侵入し、前世の記憶を呼び覚ますてはずだ。

しかしわずか数分で三十万円は高すぎる。そもそも本当に前世の記憶なのか? 今あるぼくの情報を元にAIが適当に作り出したのでは? 疑念と不安を捨てきれぬまま体験は始まった。



どこかの港のようだ。堤防に荒波が打ち寄せ、目の前にはとても現役とは思えないボロボロの漁船が波に揺られている。


「とっとと船に乗り込め!! バラバラにして魚の餌にされてえか!!」


「早く渡れ!! 突き落とすぞ!!」


ぼくはボロをまとった目つきの悪い二人の男から罵倒された。後ろから尻を蹴られ前のめりになりながら、訳もわからないまま朽ちかけた板を渡って船に乗り込んだ。船内に人の気配はない。

抵抗しなかったのは、これが仮想体験だと分かっていたからではなく、下手に抵抗すれば本当に魚の餌にされそうな気がしたからだ。仮想体験は一度始まれば現実と見分けがつかないほど精度が高い。

ぼくは薄暗く小汚い部屋に放り込まれ外から鍵を掛けられた。

それから随分と時が過ぎたことを、五百円玉くらいの大きさがある壁の穴から見える太陽が教えてくれた。船がかなりの速度で走っていたことだけは分かった。


とつじょ壁の穴から男が覗いてきてこう言った。


「お前は流罪だ。俺たちは罪人を辺境や離島へ送っているんだ。死罪より過酷かもしれないぞ」


「いったいぼくが何をしたっていうんですか?」


「お前が物書きだってことは分かっているんだ。想像で嘘の物語を作ったな? どんな理由があろうと嘘は絶対に許されない。今、目の前にある現実だけが真実だ。この国では現実に起こったこと以外は語ることも書くことも一切認められない!!」



「・・・・・・あんたら損してるよ」


「なんだと?」


「ぼくは辺境や離島だって生きていくさ。そしていつかその体験を本にするんだ。それを読んだ人が感動し、生きる勇気を奮い起こせるように!!大切なものをもう一度思い出せるように!!」


体験を終えたぼくはすぐに騙されたことに気づいた。小説を書いたら島流しなんてありえないからだ。やはりAIが適当に作り上げたようだ。でも不思議と腹は立たなかった。

まるで前世のぼくからエールをもらったように錯覚した。

孤島サバイバル。のちにぼくが書いたその小説は映画になった。まるで自分が体験してきたかのような鮮明な描写が世間の話題を呼んだ。


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こし・いたお
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