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自己紹介:未経験からゲーム業界への挑戦

こんにちは!
ゲーム業界を目指すプランナー志望のイロミヤです。

これまで地方のWeb制作会社でマークアップエンジニアやディレクター、プロジェクトマネージャーとして働いてきました。

しかし、精神疾患(ADHD・ASD)が悪い方向に働き、思うように仕事の成果を上げられず、「もっと輝ける場所はないだろうか」と苦しみ続けていました。

そこで、学生時代に志したものの挫折してしまったゲーム業界へもう一度チャレンジしてみたいと思い、まずは決心を公開宣言しようと筆を執りました。

ゲーム業界を目指したきっかけ

ベネッセの付録

そもそも「ゲームを作る人がいる」と知ったのは小学四年生の時でした。幼少期の私はベネッセの通信教材を利用していたのですが、「今勉強している科目が将来どんな仕事に活かされるのか」というテーマの付録冊子が届いたのです。

当時、青い鳥文庫のミステリ小説を読みふけっていた私は、恥ずかしながら「名探偵」を志していました。社会不適合者だけれども、いざという時だけ頭が切れるシャーロック・ホームズのような存在にうすぼんやりと焦がれていたのです。

冊子には算数を使う職業として、ゲームプログラマーが紹介されていました。当時の最新ゲーム「カービィのエアライド」を例に、3Dモデルに使われているポリゴンについて、小学生でも理解できるよう簡単に説明されていました。

まん丸のカービィが三角形の集合体でできていること、算数を具体的に活かせる仕事があることに驚きました!

また、当時はパソコンの黎明期でしたが、ありがたいことに自宅には立派なネット環境が整備されており、周りの小学生よりもパソコンの扱いに長けていました。

「好き × 得意」で仕事が成り立つなら、ぜひゲームクリエイターを目指してみたいと、そう考えるようになっていきました。

ハル研究所の企業説明会

大学生になり、就職活動が始まります。ゲーム業界への憧れは依然強く抱いたままでしたが、視野を狭めすぎないよう、システムエンジニア職やアプリ開発職なども検討し、慎重に進めることにしました。

大学3年生になってすぐ、ハル研究所の企業説明会に応募しました。新宿駅近くの高層ホテルの最上階で、大勢の参加者一人一人にウーロン茶が配られ、他企業の説明会とは異彩を放っていたことを覚えています。

説明会の最後には実際に勤務している社員さんのみならず、社長とも直接お話しできるグループトークの場が設けられました。

社長のお話も当然面白かったのですが、一番印象深かったのは入社2~3年の新入社員のお話です。彼は研修を終えてすぐ、カービィWiiのプロジェクトに配属され、コピー能力「ウォーター」のプログラミングを任されたそうです。

コピー能力といえば、いわずと知れたカービィのメインシステム!
研修を経たとはいえ、新卒を即戦力と見て、重要な仕事を担当させてくれる企業があることに驚きを隠せませんでした。

就活の結果

就職活動の結果としては、ハル研をはじめゲーム開発を主軸とする企業はすべて不採用でした。完全に自分の能力と努力が不足していました。

滑り止めで受けていた中規模のIT企業でシステムエンジニアとして勤務することになりますが、残業の多さや体育会系の社風について行けず、適応障害を発症して数か月で退職しました。

その時は、もう夢は絶たれたのだと。
人生は真っ暗闇なのだと思い、すべてを諦めました。

復活の兆し


そう、不死鳥のように

転機・再起

2022年から、配信活動を始めました。「イロミヤ」とは線引きをしたいのでnote上では詳細を書きませんが、活動を通じてゲーム友達が増えました。

私は多人数のコミュニケーションが苦手なので、交友関係は限られた人と、狭く深く親しくなれればいいという考えを持っています。

幸いにも活動の中で数名、「合う」人に巡り合えたのですが、彼らはツクールでゲームを作ったことがあったり、電子系の専門学校の出身だったりと、たまたまですが「つくる」側の話ができる人種ばかりだったのです。

創作経験の話に花が咲き、新卒でゲーム会社に入れていたらどうなっていたのだろう、と思い返すことが増えました。

そんな折に始まったのが『桜井正博のゲーム作るには』です。私が最も尊敬するゲームクリエイターの口からつづられる現場目線の言葉はどれも刺激的で、「ゲームの面白さを底上げする」という挑戦的なコンセプトにも舌を巻きました。

そして、動画を見進めるにつれ、創作意欲がメラメラ燃え上がるのを確かに感じたのです。

専門学校へ

年齢も30を超えて、今を逃したら二度とゲームクリエイターになれないかもしれない――。

そう思った私は、本来の職と並行して現役のゲームクリエイターを講師に据えている専門学校へ通うことを決意しました。

執筆現在も在学中で、平日の夜はカフェでのアイデア出しを日課とし、何か光る原石を見つけたら膨らませて企画書にまとめるといった発想と資料作成のトレーニングをしています。

私は独学が苦手でメンターや講師がいた方が成長が速いため、出来た企画書を好きなタイミングで添削してもらえる環境に身を置いたのは、決して間違いではなかったと考えています。

加えて、ゲームの制作実績とゲームエンジンの操作経験が就職で重要視されると聞いたので、Unityでミニゲームを作っています。

ただ、Unityの操作にまだ苦手意識が残り、そのためADHD特性の後回し癖が発動して、制作より企画立案の方に傾倒している状態が続いています。

この状態から脱却するために、まずはマイルストーンを設定してスケジュールを引き、最低限でいいのでとりあえずゲームとして動く形に持っていけるよう進行します!

おわりに

ここまで、ゲーム作りをするようになったきっかけと、今取り組んでいることの紹介をしてきました。しがないオジサンの独り言つでしたが、私はこんな人間です。

専門学校の同期は居ますが、個人のでゲーム制作は現状独りぼっちです。このままだと大変さみしくメンタルがもたなそうなので、他のゲームクリエイターさんと繋がりを持ちたいです…!

この記事に何かビビッと感じるものがあった方、ぜひ「ものづくり友達」になってください!

以上、イロミヤでした。

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