誰も見てない、誰も聞いてない。
なにか鬱蒼としたものが自分の中に芽生えたとき、それを誰かに話すことに一番体力を必要としてしまう私は、悩み相談も愚痴も勢いがないと出来ないことが多い。
最近はツイッターの鍵垢の方で小出しにしているけれど、趣味記録として運用していきたい手前自分でTLを見返したときに目障りに感じてしまう。本当はもうちょっと細かく棲み分けが出来ればいいんだけど、それは自分の性格に合ってないので難しい。
私のそういう「負」をうまく引き出してくれる人がいるんですけど、その人と話してると自分が吐き出せなかった言葉とか口にするのを躊躇ってた出来事とか悩みがするっと口から溢れていくんですよね……不思議だな、と毎回思う。
お酒が入ってしまうと拍車をかけて口が滑らかになるので、口も悪くなるし言葉も選ばなくなるのに、それでも優しく受け止めてくれるし、懐の深さも感じるし、私の話を肯定しつつも、甘やかすわけじゃなくて。
私より少しだけ人生の先輩ではあるけど、私がその人と同じ年齢になった時、きっとあんな風にはなれないなと心底思う。
私はよく「真面目だね」と言われる。その言葉自体後ろ向きに捉えたことはなかったけど、その人と話してて「真面目」という言葉を他人に使うとき100%良い意味ではないことを教えられて、目から鱗がぼろぼろよ。
手を抜くことと、上手に生きていくことの絶妙な違いが分からなかったんだけど、なんとなくその境界線が自分の中にもちゃんとあるんだと気付けた。
だからね、もうちょっと自分の心に素直に従って生きていきたいですね。