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『落とし物』

『いや…普通に考えて自分の体に傷を入れているわけですよ。怖くないわけないじゃないですか。わざわざ穴開けなくても「イヤリング」という方法がありますし。その方が安くてかわいいデザインだってあるんです。まあ、落として無くすリスクはこっちの方が高いですけど、穴を開けた瞬間に何か自分の大切なもの失うような気がして…。まあ、はい、そうです。結局は痛いことが怖いだけです。』

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放課後、私が教室の窓から見える、絵具を塗りたくったような濃い緑の楠に留まっている鳥たちを数えている間に、誰もいなくなっていた。そのがらんとした広い教室に、はっとなり私も帰ろうと荷物を肩に持ったが机上に置いてあった本に目が行った。
「…本返しに行くんだった。」


教室から図書室に向かう誰もいない廊下はすべてが冷たく感じた。どこか遠くの教室から聞こえているのであろう合唱曲は私をあざ笑う声にさえ聞こえる。
疎外感を抱きながら廊下を進むとまた濃い楠が見えた。その解放された窓に近づくと私のかすかな足音で木に留まっていた鳥たちが一気に空へ消えた。到底数えきれない鳥達に私は先ほどまで何をしていたのか、と一つため息をつくがそれをまたどこかへ運ぶように窓から強い風が吹く。教室の戸がガタガタと揺れ、廊下は身を守るかのようにさらに冷たく堅くなった。私の髪がしゃんと音を立てながら視界を塞ぐのと同時に小さな鈴の音が聞こえ、振り向くと小さな鈴をつけ、色はストロングトーン。ステンドグラスのような柄のちょうど手のひらに収まる小さくてきれいなポーチが落ちていた。誰もいない廊下にそれは華やかで私は思わず見とれていた。落とし物だろうか。私はそれを手に取り、持ち主の当てもないのに届けなくては、と鞄にしまった。歩いてきた廊下を戻るように走り抜け靴を履き校舎を出るとギラギラと夕日に変わりつつある日がまぶしかった。細めた目に入ったのは堂々と立つ欅。私を見下し何もかも知っているようなその佇まいに圧倒され、私の勢いはそこで止められた。とぼとぼと家路に向かう。その頃にはもう返さなくてはいけない本も、持ち主を探すはずのポーチも私の頭からはすっかり消えていた。

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