【リズと青い鳥】とまどいリレーションシップ
芸術には、力がある。
創作する側には、彼らが現実に持ち合わせていない性質、能力を与える。
普段は臆病であっても、その中では、荒々しく尊大な英雄になれる。
下品で欲深くても、知性にあふれた高潔な哲学者となる。
純真な聖女にも、逆に腹黒い大商人にもなれる。
それらの生き様は、鑑賞する人の胸に響き、ときに人生さえも変える。
リズは心優しい女の子だ。
のどかな昼下がりには、森の動物達が、いつも彼女を慕って囲む。
だが、リズには家族や親しい友人が、誰もいない。
朝目覚めても、ベッドに入って眠るときも独りぼっちだ。
ずっと彼女は寂しかった。
そのようなものを持っている人々が、うらやましかった。
ある夜、激しい雨と風とが吹き荒れた。
翌朝、リズは自宅の前に青い髪の少女が倒れているのを発見する。
少女は、リズの手厚い看病のおかげで元気になる。
それから二人は、一緒に暮らしはじめた。
少女は、明るい性格で何事にも興味を示す。
気になることがあれば、すぐさま駆けていき、リズに呼びかける。
リズが目を覚ますと、隣には少女がいる。
部屋のランプを消すときもだ。
リズは楽しかった。幸せだった。
草原に出かけたときである。
リズは少女に自分のもとへ来た理由をたずねる。
少女は、リズがずっと独りだったから、そして自身が仲良くなりたいと思っていたからだと答える。
リズはいつまでもそばにいてほしいと話した。
みぞれは、すべてにおいて希美のことを頼りきっている。
その姿を見かければ、まっさきに声をかける。
練習の後は、毎回希美と帰ろうとする。
同じダブルリードの後輩、梨々花の誘いも断り続けている。
希美がいなければ、ぽつんと独りだが、それを気にも留めない。
希美は、誰にでも積極的に話しかける。
後輩達からも人気がある。
練習の後には、彼女達とともにファミレスにも寄った。
希美のまわりはいつもにぎやかだ。
みぞれを吹奏楽に勧誘したのは、希美だった。
廊下でもどこでも、みぞれはオーボエを吹いた。
それが、自身を見つけ認めてくれた希美とのつながりだったからだ。
みるみるとみぞれの技術は上達していった。
そして、新山先生に音大への進学を勧められる。
一年生のとき、いったん希美は部活を辞めた。
当時の三年生達にはやる気がなく、雑談やトランプをして過ごしていた。
抗議の意味を込めて、同級生の大半と一斉に退部したのである。
しかし、希美はみぞれに何も伝えなかった。
みぞれは、部に置き去りになった。
アニメ『響け!ユーフォニアム』の第二期の前半で描かれた場面である。
早朝、青い髪の少女は、リズに内緒で部屋の窓から飛び立つ。
少女の正体は、青い鳥だった。
日が昇りきらない頃、ふとリズは目を覚ます。
ベッドの上に少女はいなかった。
窓辺の近くの床には、一枚の青い羽根が落ちていた。
森の中で、二人は動物達に食べ物を分け与える。
少女が空を見上げる。
その視線の先には、二羽の小鳥が無邪気に飛びまわっている。
リズは、少しばかり胸が締めつけられるように感じた。
コンクールの自由曲『リズと青い鳥』の第三楽章には、オーボエのソロにフルートが加わってかけ合いとなる部分がある。
希美のフルートは、極端に感情がこもりすぎていて先走り気味だ。
一方でみぞれのオーボエは、何かをはばかるように控えめで、本来の持ち味を生かせていない。
顧問の滝沢先生は、もっとお互いの音を聴き、それに自身を寄り添わせなければならないと指導する。
希美は、自身の抱く不安を、夏紀に打ち明ける。
自分はみぞれと仲良しだと考えている。
けれども、実は心の底では、希美が黙って部を去ったことを怒っているのではないか。
第三楽章が合わないのは、そのせいではないかと彼女は疑う。
麗奈が、みぞれに告げる。
希美との相性が悪いのではないかと。
即座にみぞれは否定する。
居合わせた優子にたしなめられ、麗奈が謝まって立ち去る。
みぞれは悲しげな表情を浮かべて、「希美は悪くない」と小さくつぶやく。
冬が来るその前に、リズは決心する。
彼女は、少女に”さよなら”を切り出す。
戸惑いながらも、少女は青い鳥となって大空に羽ばたく。
みぞれは、リズにはなれない。
希美が部に復帰してから、ようやく二人は再び近くにいられるようになった。
これからもそれは同じだ。
なぜ、リズは青い鳥との大切なかかわりを自ら断ち切ったのか。
みぞれには、どうしても理解できないし、想像したくもなかった。
希美は音大の受験を決めたことを、新山先生に報告する。
先生は励ましてくれた。
とはいえ、アドバイスをするわけでもなく、ましてや、みぞれに対してのように熱烈に賛成するわけでもなかった。
校舎の裏にて、久美子と麗奈が、自分達の担当の楽器でその曲を演奏する。
優子と夏紀、希美の三人は、ちょうどそれを耳にした。
トランペットの音色には、負けず嫌いで、思ったことをはっきりと口に出す麗奈の人柄が反映されていた。
ちょっと皮肉っぽく、優子は”ずいぶんと強気なリズ”だと評する。
不意に、希美は音大の受験を取りやめようかとしゃべる。
もちろん、そのことをみぞれは知らない。
優子は激怒する。
みぞれを部に連れていったのは希美だった。
みぞれに何の断りもなく勝手に去ったのも希美だった。
そして、今また希美はみぞれの進路さえも振り回そうとしていると、優子は厳しく責める。
その頃、理科室ではみぞれが新山先生に相談をする。
リズの気持ちはやはり分からず、いまだに上手く吹くことができなかった。
新山先生は質問を変える。
青い鳥はどうだったのか。
すると今度はすんなりと、みぞれにもイメージすることができた。
二人は気づく。
リズは、人付き合いの苦手な、孤独な少女のはずであった。
青い鳥は、どこまでも続く空を力いっぱい飛翔しているはずだった。
リズはみぞれに、希美は青い鳥に重なっていた。
本人達でさえも、そのように信じていた。
ところが、これは、あまりにも重大すぎる勘違いにほかならなかった。
みぞれは、奏者としての才能に恵まれている。
その音で、聴衆を圧倒し、心を揺り動かすことができる。
にもかかわらず、希美には、それに並ぶほどの技量がない。
彼女のフルートから発せられるものには、オーボエと比べて豊かさ、深さが全然足りない。
希美は、みぞれよりも未熟だった。
だから、みぞれは実力を抑え隠した。
フルートを引き離さないように、である。
つまり、結果としてフルートがオーボエをとどめる形となっていた。
みぞれは希美に縛りつけられていた。
希美こそがリズで、みぞれは青い鳥にちがいなかったのだ。
二人の間から、迷いやためらいが消える。
練習が始まった。
みぞれは青い鳥になる。
突然のことに驚きながらも、リズの言葉を受け入れる。
つらく苦しいながらも、納得するしかない。
飛ばなければならない。
なぜなら、大好きなリズがそのように話すからだ。
部活が終わった後、後輩達はみぞれを取り囲んで絶賛する。
新しく、希美以外の、みぞれの存在する価値が生まれた。
二人はどこかの店に寄ろうかと会話しながら帰る。
そこに、ほの暗いものは何もない。
だが、物悲しい予感がただよう。
コンクールが終わって年が明ければ、やがて卒業の時期を迎える。
希美が音大を受けるのかは定かではない。
けれども、どちらにせよ、いずれそのときはやってくる。
みぞれのオーボエは、今後の進学やさらにその先でも役に立つはずだ。
彼女の、新たな居場所を作る立派な手段なのである。
これを上達させることは、みぞれにとっての幸せにもつながる。
だから、希美とは、いるべきでない。
希美は、みぞれから全部をゆだねられる。
別にそれが嫌なわけではない。
が、二人とも自覚がないままに、みぞれの人生を束縛する。
みぞれの幸福な未来をも奪いかねない。
だから、みぞれとは、いるべきでない。
新山先生の問いかけに、みぞれは回答した。
リズがそう言ったから受け入れた。
リズの選択を青い鳥は止められない。
だって青い鳥はリズのことが大好きだから。
悲しくても飛び立つしかない。
(中略)
でもリズに幸せになってほしいって思ってる。
それだけはきっと本当。それが青い鳥の愛のあり方。飛び立つしかない
二人の別れは、どうしようもなく切ない。
それでも、お互いを想い合った究極の結末であることは、まちがえないのだ。
断じて、悲劇ではないのである。
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