いろどりいろえんぴつ

いろどりいろえんぴつ

最近の記事

左手 (逆転)

「お客さん…、それにしたら?」 ベテラン店員がカウンターの向こうから私の左手のほうを指さして言った。私は、左手に1枚の賃貸物件案内をつかんだまま、大量の賃貸物件案内の中から候補としてピックアップしたものを、さらに右手でめくりながら比較検討していた。 左手の1枚は、もともとは、候補の中にあった物件だった。賃料が予算オーバーなので、最終候補群から外したつもりでいたものだ。私の相手をしていた若い店員もそのことに気づいていて、手ごろな価格の部屋を探してくれていた。 私は、自分の

    • あずき色の電車 (交換)

      幼いころ、あずき色の電車が走る町に住んでいた。そこには、その路線の終点に当たる駅があった。駅の先に車庫や整備場はなく、線路がぷつんと途切れて終わっているのがホームからもよく見えた。電車が到着し客が降りると、必ず駅員が車両の中を歩いて、眠り込んでいる乗客がいないかを確認していく。到着した電車は、今度は始発電車となってその駅を出発するのだ。 私の父は新聞記者をしていた。父は自分の仕事を「シャカイブのデスク」だと言い、私はその意味を「忙しくて家にいられない仕事」と理解していた。3