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1ページのやさしさ

ぱらら…と紙がめくれる音がする。
そうだ、修理した本を乾燥中だった。
パソコン作業をしている手を止めて立ち上がり、窓際へ向かう。
秋の午後、時計は午後3時過ぎを指している。
少し肌寒くも感じる風が、窓から入ってはカーテンをふわりと揺らす。
窓の外では、放課後教室の1,2年生たちが、何かをして遊んでいるようだった。

私は全開にしていた窓を、気持ち程度の隙間を残して閉めた。
修理中の本の具合を見ながら、回収は明日の朝かなと考える。
人気の本たちは子どもたちの手に取られ、読まれ、遊ばれ、年を重ねていく。
歴代の司書の手で何度も補修された跡がある。
かくいう私も、憧れてこの仕事に就いたひとり。
こんなに本の修理に明け暮れることになるとは想像していなかったけど。

図書室にいると、少し不思議な気分になる。
そこは過去の私の居場所で、今の私の仕事場。
小学生だった自分がそこにいて、今は大人の私がそこにいる。
時を経て、たくさんのものに触れて触れられ、同じものでも変化していく。
人生が物語に例えられる理由も、なんだかわかる気がする。

コンコンとノックの音がする。
振り返ると、ドアのところに本を手にした6年生がいた。
「返却日、今日だった」
彼女は以前までよく本を借りに来ていた生徒だ。そういえば、ここ数日見かけていなかったなと思う。6年生は忙しい。
「あれ、帰りの会は?」
「終わってすぐきた!続き借りていい?」
察するに、昇降口に行くまでに図書室に寄り道したというところだろう。
「はいはい、じゃあ借りる本持っといで。先生が返しといてあげるから」
本好きには甘い。
はーい、と返事をして書架を巡る彼女を横目で見ながら、端末を操作し、返却手続きをする。
ついでに、常連組の彼女の図書カードをケースから取り出し、手元に準備する。
と同時に彼女が本を手にやってきた。
私も好きだったシリーズものだ。
十数年前は5巻までしか出ていなかったが、今は18巻まで出ている。ロングセラーだ。
彼女の手にあるのはその6巻だった。
「それ面白いよね。先生も小6の頃ハマったな」
カードをピッとする。
「そんな昔からあったんだ!」
昔…ねぇ。と心で呟きながら本をピッとする。
「小学生のときの先生と同じ本を読んでるってなんか面白い」
確かにそうだね、と頷く。
「ほら、下校班に間に合わないよ」
声をかけると、ハッとして彼女は、先生さよーならーと言いながら小走りで図書室を出ていった。

そんな子どもたちとの触れ合いは、不意に過去の記憶とリンクする。
時間外なのに、対応してくれた図書室の先生。
そのほんのちょっとの特別扱いが、当時の私にはうれしくて、そして、心の支えになった。
私も、あの時のような優しい記憶を、誰かに残せているだろうか。
いや、私が残せなくてもいい。
膨大な記憶の紙の中で。
あなたの中の1ページが、あなたに優しくあればいい。
窓の下で整列していく下校班を眺め、私は窓を閉めた。


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