新しいアスファルトのにおい。
よく晴れた日、太陽に熱せられたアスファルトのにおいを嗅ぐと思い出すことがある。
私が幼少の頃、母は病気で亡くなった。
父は新聞社に勤めていた。
夕方出勤し、記者がまとめた記事を印刷し、朝刊が刷り終わると各地へ発送する。
勤務を終え昼前に帰宅という仕事だった。
父が仕事の時、私と妹は埼玉や千葉の伯母の家に預けられていた。
程なくして私と妹は児童養護施設に入ることになる。
まだできたばかりの新しい施設。
その施設で私と妹は暮らし
敷地内の保育園に通った。
私たちが暮らす施設には広い食堂と大きなお風呂。それから大きさの違う部屋が沢山あった。
部屋にはタンスが備え付けてあり、開けると目が痛くなるような新品の匂いがした。
朝は散歩という時間があり、起きたら食事の前に敷地から出て近所をぐるっと散歩をしてまた施設に戻る。
アスファルトのにおいは、その散歩を思い出すのだ。
散歩から帰ると朝食を食べ保育園に行く。
小学生と中学生は門を出て登校していた。
名前こそ覚えていないが、何人かの顔を今でも覚えている。
みんな今頃どうしているかなと時々思い出す。
大人になって、どこかで会っているかもしれないな…と。
月に何度か父が面会に来た。
その時は決まってすかいらーくに行った。
父が帰る時、妹は大泣きして大変だったけど私は泣くことなく「バイバイ」と父に手を振っていたと、大人になってから父に聞いた。
その時の気持ちはどんなだったのかな。
母が亡くなったことも、親戚に預けられていたことも私なりに理解していたと思う。泣くことなく父を見送っていたのは長女ならではの性質なのかもしれない。
私は1年ほどしかその施設にはいなかった。
祖母が同居してくれる事になり退所したからだ。
そういえば施設に入る前に、家で検尿やら検便をし市の施設に持って行ったこと。そこにいた女性と色々話した記憶がある。今思えば面談も兼ねていたのかもしれない。
養護施設内の保育園で、暑い日のプールでの水遊びはパンツ一丁だった事。
大きなバスに乗ってみんなで海水浴に行った事。
幼い頃のほんの少しの時間だけど施設で暮らした記憶。
今でも覚えているこの記憶はきっと意味があるから忘れないんだと思う。
大人になり、自分が短い期間だけど暮らした施設を見に行ったことがある。
何も無かった場所を整地し施設を建て、その際に道路も整備されたから新しいアスファルトのにおいがしたのだと思った。
においというのはいつまでも心に残り、嗅ぐと思い出が蘇る。
これをプルースト効果と言うらしい。
臭覚だけは他の五感よりも感情や本能や記憶に働きかける力が強いんだとか。
だからにおいで色々な記憶が蘇るのか。
私はきっとこれから先もアスファルトのにおいで、あの頃の思い出を思い出し続けると思う。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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