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【資本市場編】⑥証券取引所など ~情報開示の種類とは~ | IR実務に役立つ実践ノウハウ

当コンテンツでは、新任のIR担当者がIRの全体像を理解するためのガイドとなることを目指します。

今回は証券取引所などの株式市場当事者について概説します。これにて資本市場プレイヤーに関する説明は一通り完結となります。


1. はじめに

株式市場は、投資家や証券会社といった売買当事者だけでなく、管理監督機関、議決権行使助言会社、格付機関など、多くの当事者の関わりで成り立っています。

本記事では、こうした市場プレイヤーの中でも、IR担当者として特に押さえておくべき証券取引所を中心に、周辺の重要な当事者についても解説します。それぞれの役割や影響を理解することで、IR活動全体を俯瞰し、自身のスキルアップに繋げていきましょう。


2. 証券取引所

証券取引所は、株式や債券などの金融商品の売買の場を提供するだけでなく、市場の信頼性や透明性を担保する「規律ある市場」を構築する役割も担います。その主な機能には「価格発見」と「資金調達の場の提供」が含まれますが、これにとどまらず、上場審査、適時開示ルールの設計、取引監視システムの運用など、IR活動にも深く関わります。

市場の健全性を維持するために、証券取引所は取引に参加する証券会社や上場企業の適格性を厳格にチェックし、投資家が安心して取引できる環境を整備しています。このような市場の「品質管理」を目的とした業務は自主規制と呼ばれます。自主規制には、上場企業の適時開示や適格性審査、不正取引の監視が含まれます。特に、適時開示は投資家の投資判断を支える重要な情報提供の手段であり、企業は厳格なルールに基づいた正確でタイムリーな開示が求められます。

次に、情報開示の種類についてみていきます。


3. 情報開示の種類

IRが押さえておくべき情報開示は大きく「法定開示」「適時開示」「その他の開示」に分かれます。非常に重要なため、それぞれ正しく理解しましょう。

❶法定開示

金融商品取引法および会社法に基づき、企業に義務付けられた情報開示を指します。開示手続きは、金商法関連の情報はEDINET、会社法関連の情報は公告およびTDnetを通じて行われます。いずれの情報開示も広くステークホルダーへの情報提供という点で共通しますが、金商法開示は主に投資家(株主・非株主問わず)、会社法開示は株主および債権者に焦点を当てています。

法定開示の主管部門は、金商法関連は財務経理部門、会社法関連は総務部門やガバナンス部門であることが一般的です。IR部門はこれらをサポートする役割を担い、IR部門が開示する内容との整合や「危険予知」を意識することがポイントです。

将来の開示を見据えた「危険予知(リスクマネジメント)」
例えば、M&Aなどの組織再編がある場合、直近の決算短信では詳細を開示しなくても、年度末の有価証券報告書では取得した会社の資産・負債の額や重要な契約内容の開示が必要となることがあります。このような場合、財務経理部門は「年度末に開示する」と理解していても、IR部門がその事実を把握していなければ、社内外で思わぬミスコミュニケーションが生じる可能性があります。

財務経理部門から見れば、「そんなことも知らなかったのか?」と驚かれる程度で済むかもしれませんが、最悪の場合、「直近の決算には関係ないから」といった認識で、重要な情報が部門内で留まってしまうリスクもあります。こうした状況は企業の信頼を損なう結果にもなりかねません。

特に大規模な企業結合やコーポレートアクションが発生した際は、直近決算での開示だけでなく、期末や案件クロージング後の開示も念頭に置き、財務経理部門や関連部門と密に連携する必要があります。これはIRにおける重要なリスクマネジメントであり、投資家やステークホルダーとの信頼を守るために欠かせない取り組みです。

❷適時開示

証券取引所が定める上場規則に基づき、「重要事実」と定義された事柄が決定・発生した際に、速やかに情報を開示することを指します。「取引所開示」や「制度開示」とも呼ばれます。開示の内容やタイミング、書式などは適時開示規則に基づき厳格に運用されており、実務では日本取引所グループが発行する「会社情報適時開示ガイドブック」やそのオンライン版ガイドラインに準拠します。

実務上は、企業がTDnetを通じて開示手続きを行い、証券取引所の担当官の承認のもとで開示されます。適時開示された情報は「適時開示情報閲覧サービス」を通じリアルタイムで、世界中の誰でもアクセスすることが可能となります。

本稿では、適時開示基準に該当する開示を「適時開示」(下図②)、適時開示基準に該当しないがTDnetを通じて自主的に行われる開示を「任意開示」(下図③)として区別します。なお、適時開示の英語版は本稿執筆時点では企業の自主的な開示とされているため、「任意開示」の扱いとなります。

TDnetには、企業PRを目的とした「PR情報」という開示方法もあります。PR情報は適時開示基準に準じた開示ではないためフォーマットも任意で、「適時開示情報閲覧サービス」にも掲載されません(ただし英語版は掲載される仕様)。また、Bloomberg等の金融プラットフォームには、PR情報についても日本語版、英語版ともリアルタイムに掲載される仕様となっています。


❸その他の開示

法定開示や適時開示に該当しない、企業が自主的に行う情報開示を指します。具体的には、広報部門が発信するプレスリリース、決算プレゼンテーション資料、統合報告書などの文書に加え、決算説明会や施設見学会といったIRイベントが含まれます。特に、決算プレゼンテーション資料は、適時開示である決算短信を補完する役割を果たします。

「その他の開示」は、法令や取引所規則による義務ではありませんが、企業情報や経営戦略をステークホルダーに伝えるうえで極めて重要な役割を担います。法定開示や適時開示が「規定演技」に例えられるとすれば、「その他の開示」は「自由演技」といえます。ディスクロージャーで評価の高い企業は、この「自由演技」で他社との差別化を図っています。

また、日本証券アナリスト協会が実施する「ディスクロージャー優良企業」の選定では、非財務情報を含む「自由演技」での取り組みも重要な評価項目となります。質の高い情報発信は企業評価を高めるために欠かせません。

コラム:「任意だから簡略化」は通用しない?証券取引所が求める開示内容
「適時開示」と「任意開示」は、立場やシチュエーションによってニュアンスが異なることがあります。適時開示とは「適時開示基準に基づき重要な決定事実・発生事実および決算情報を開示すること」を指し、TDnetを通じて開示することが上場会社の義務となっています(図の②、狭義の「適時開示」)。そのため、法定開示とともに「強制開示」と呼ばれることもあります。例えば、連結売上高が10%以上増加するような大型M&Aは、適時開示基準に該当する典型例です。

一方、適時開示基準に該当しない場合でも、適時、適切な会社情報の開示の観点から、TDnetで自主的に開示することがあります(図の③)。このような開示は「任意開示」として、証券取引所の担当官の承認を得たうえで開示するのが一般的です。例えば、規模は小さいものの経営戦略上重要なM&Aが該当します。

ただし、「任意開示だから簡略化できる」との考えには注意が必要です。確かに他社事例で簡略化された開示があったとしても、証券取引所からは「TDnetを通じて適時開示情報として開示する以上、適時開示基準に準じた品質が必要」との指摘を受けることが多いです。このような認識のズレが、企業と証券取引所の間でミスコミュニケーションを引き起こす要因となることがあります。(参照:適時開示規則:開示の要否に関する留意事項)

例えば、軽微な組織再編(吸収分割など)において、社内では「消滅会社の損益は開示しない」との判断があったとします(当事者間の守秘義務契約などに基づき)。しかし、証券取引所は「投資判断に必要な損益情報を適時開示と同様に開示すべき」と求めることがあります。このような意見の食い違いを防ぐためには、開示担当者が主管部門や証券取引所の担当官と事前に十分な調整を行うことが重要です。

社内で開示案件が進行中に「任意開示だから簡略化でいいのでは?」という意見が出た場合でも、開示担当者としては「他社事例は参考にすれど、社内案件については担当官と慎重に相談する必要がある」という姿勢を保ちましょう。適切な準備や利害の調整もIRプロフェッショナルとして必要なスキルです。


4. その他の株式市場当事者

❶各種格付機関

主に「債券の信用格付」と「ESGレーティング」があります。

債券の信用格付は、企業の資金調達における重要な指標で、企業が発行する債券の信用リスクを示します。日本国内では日本格付研究所(JCR)や格付投資情報センター(R&I)、グローバルではMoody’sやS&Pが代表的な格付機関です。料金や資金調達の対象リージョンに応じて適切な格付機関を企業サイドで選定し、有償で取得します。

通常、このプロセスは資金部(トレジャリー部門)が主体となりますが、格付機関が発行するレポートは投資家のセンチメントにも影響力があるため、IR部門もサポートできると理想的です。例えば、各事業の詳細データや投資家への説明ポイントといった情報をトレジャリー部門と共有することで、レポートの品質向上に寄与できます。また、決算説明会の案内やIRニュースなどの配信リストに、ぜひ格付機関の担当アナリストを加えることをお勧めします。

一部の格付機関はウェブサイトでレポートを公開しており、他社分析の参考資料として活用できます。例えば、「特定業種におけるシングルA格付」の企業を抽出することで、自社の最適資本構成を検討する際の一つの手がかりとなるでしょう。

ESGレーティングは、各企業のESG関連の取り組み状況やリスクなどを可視化したもので、ESG評価機関・データプロバイダが提供しています。多くの評価機関で、企業の意思とは無関係にレーティングを進めている点が、債券の信用格付と大きく異なる点です。また、レーティングのプロセスに事業会社が関与できる度合いも評価機関によってまちまちで、事業会社としてはどの評価機関によるレーティングを重視するかの、メリハリが重要です。

参考:主なESG評価機関の一覧(日本取引所グループ)

❷議決権行使助言会社

事業会社の株主総会で提出される議案について、機関投資家に賛否の助言を行う専門会社です。これらの会社は、独自の分析に基づき議案を精査し、賛成(FOR)または反対(AGAINST)の推奨を示すレポートを発行します。主な顧客は海外の機関投資家であり、有償でサービスを提供しています。

議決権行使助言会社が利用される背景には、機関投資家がポートフォリオ内の膨大な銘柄の議案をすべて精査し、賛否を判断する事務負担が大きいという現実があります。この負担軽減のため、助言会社のサービスが広く活用されるようになりました。

米ISS(Institutional Shareholder Services)は、投資家1,600社、45,000件のレポートを発行する最大手であり、2番手の米グラスルイス(Glass Lewis)は同1,300社、30,000件となっています。これらの会社が発行するレポートは、事業会社が提案する議案だけでなく、株主提案も対象としています。

ISSやグラスルイスは議決権行使において大きな影響力を持っていますが、近年、機関投資家は自らの調査・評価機能を強化し、助言会社のサービスを参考にしつつも、推奨内容と異なる判断を下すケースも増えています。その際、重要な参考となるのが企業とのエンゲージメント(SR)です。事業会社としては、重要なエンゲージメント先を特定し、機関投資家と直接対話を行うことが、ますます重要になっています。

参考:ISSとグラスルイスのクライアントの数


5. まとめ

株式市場は多様なプレイヤーによって支えられています。本記事では、証券取引所を中心に、IR担当者が押さえるべき重要な当事者の役割を解説しました。情報開示の充実はもちろん、その種類を正確に理解することが実務担当者としての基本です。正確な情報提供と戦略的エンゲージメントを実践し、企業価値の向上に貢献しましょう。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

資本市場プレイヤーに関する説明はこれで一通り完結しました。次回からはランダムに様々なトピックを掘り下げていく予定です。

こちらのマガジンでIR実務に役立つノウハウをまとめています。
ぜひご参照ください。


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