見出し画像

自己肯定感って味噌汁みたい。

先日、我が家の洗濯機を新しくした。
今まで使っていたものも丁寧に使っていたのでまだまだ綺麗で使えるので
ちょうどこのタイミングで洗濯機が壊れたという
父のところに持っていくことにした。
流石に自分たちでは出来ないので、便利屋さんに依頼し
壊れた洗濯機を回収して、洗濯機を設置してもらった時に
私が『蓋のネジが一箇所バカになってるから、こうして使ってね〜』と伝えたら、
父が『使ってた人に似たのか?お前と一緒だな』とヘラヘラ笑ったのだ。
便利屋さんを笑わせようとしたのだろう。
言うまでもないが、ダダ滑りしていた。
便利屋さん、苦笑い。

昔からこうだ。
謙遜とはちょっと違う、バカにしたような下げて笑を取りにいく感じ。

私はもうむかつきもしない。
作業が終わって帰り道に、そういえば自己肯定感の低さを知った時に
愕然としたことを思い出した。

<小さい頃からこれが当たり前だったら、そりゃ自己肯定感ってやつが高いわけないよなぁ>と思った。

でもこれって仕方がないもので
育っていく環境の中で染み付くもの、受け継がれていくようなもののように感じた。父も誰かや何かの影響でそれを受け継いだのだろう。

なんか味噌汁みたい
そう思った。

味噌汁も美味しいんだけど
実家のは濃くてなんか合わなくなった時があって。
私は出汁も丁寧に取りたいし、味噌も蓼科で買う味噌が好き。
今はしっくりきている。

自分で感じる自己肯定感の低さ、高さなんて
めちゃくちゃ曖昧で、正解もない。
その家の伝統みたいな、ただの癖なんだなと。

その伝統が幸せか疑問に思う伝統なら
自分から、自分の代から変えちゃえばいいだけだなと
思ったのでした。

誰が悪いでもなく
なんか違うなら自分が思うしっくりや幸せを選んでいこう^^

子供達にも私の味噌汁を押し付けることなく
自分がしっくりくる美味しい味噌汁を発見して行って欲しいなと思うのでした。



サポートしていただけると嬉しいです^^子供と夫と美味しいものを食べたり、活動費にさせていただきます。