【声劇フリー台本】華やぐ鈴の音
台本
帰宅すると空虚な部屋が私を出迎える。
電気を付けるのすらめんどくさい。
私はカバンやら上着やらを投げだす。
それだけで心が解放される。
これが1日の終わる合図。
面倒な仕事からの解放。
これからやっと私の時間が始まる。
月明かりだけが私を照らす中、電気すら付けず窓辺に向かう。
窓を開けると街の静寂に包み込まれる。
もうこの街は眠ってしまったようだ。
おもむろに煙草の火をつけると、薄く光る街の中に紫煙だけが漂う。
一緒に私の穢れが空虚な街に消える。
心の汚れが煙にのって街に吸い込まれていく。
ちりん、ちりん
季節外れの風鈴が風になびく。
煩い。
でも、外すのすらめんどくさい。
職場で吸えないぶん甘美な一口が駆け巡る。
あの上司と話した後はいつも吸いたくなるというのに。
本当に生きづらい世の中になった。
今日も職場の電気を消して帰宅した。
溜息と共に後にする職場。
いつも繰り返す同じ日々。
変わり映えすらしない日常に飽き飽きしてきた。
また紫煙を吐き出す。
のんきに光る星々がうらやましい。
ちりん、ちりん
スマホの着信が、鈴の音が響く。
誰がこんな時間に…
すぐ鳴りやんだので無視することに決めた。
この音を聞くと心が落ち着く。
でも、私の心をかき乱す鈴が頭にちらつく。
あの女のことが忘れられない。
あの女に出会ったのは高校のときだっただろうか。
天真爛漫でクラスの中心人物だった。
夢に向かって走っている、そんな鈴のような女だった。
そんな女を見てるとムカついてくる。
勉強しか取柄の無かったからか、嫉妬していただけなのかもしれない。
私は社会に敷かれたレールにしたがって生きてきた。
あの女はそんなもの無視してる。
今は何をしているのだろう。
どうせ私じゃ想像できない世界で生きているに違いない。
変なことを思い出した。
あの女を頭から追い出すように煙を吐く。
ちりん、ちりん
あの女のことを思い出したからだろう。
頭の中でも鈴の音が響く。
どうしようもなく煩わしい。
そういえば、本気で好きになった彼もあの女にと取られた。
といっても、私は話しかけることもできずに見ていただけだけれど…
本当にあの頃から何も変わっていない。
当人達は全く気にしていなかったのに、周りははやし立てていたっけ。
あんな羽虫達に群がられて少し可哀想だった。
彼はあんな女のどこが良かったのだろう。
能天気で何も考えていない女。
私を選んでいたらあんな最後にならなかったのに。
いや、これは負け惜しみか。
人生勝ち組とは言えない、私。
むしろあの女の人生に憧れる。
好きなことをして生きてみたい。
ずっとそう考える。
あぁ、いつから私の歯車は外れてしまったのだろう。
想像と全くかみ合わなくなっていた。
煙草なんて吸わないと言っていた昔が懐かしい。
今では毎日吸っている。
もう何回目か分からない煙を吐き出す。
ちりん、ちりん
どこからか鈴の音が聞こえる。
耳からか、頭からかもうどこから聞こえているのかすら分からない。
この街が寝ている姿を見るといつも感じる。
自分の存在が分からなくなる。
この暗闇に吸い込まれてしまいそうで…
気が付くと煙草の火は消えてしまっていた。
暗さが増したのはそのせいか。
もう一本火をつける。
思い出したかのように、スマホを取り出すと着信は親友からだった。
電話にでなかったからかメッセージが来ている。
どうやらあの女が結婚するらしい。
複雑な気分だ。
彼氏すらいない私への当てつけかとも思う。
あの女が私を式に招待したい、とある。
誰が行くか…
あの女から言ってこい。
断ろうとメッセージを打つ。
書いて消してを繰り返し、そっとスマホを閉じる。
そしてまた吸って吐く作業に意識を戻す。
ちりん、ちりん
また風鈴がなった。
今は本当に耳障りだ。
あの女との出会いはいつだったろうか…
確か話しかけてきたのはあの女からだ。
私は全く興味なかったのに、向こうから絡んできた。
どうやって仲良くなったかは覚えていない。
いつの間にか休日は一緒に遊ぶようになっていた。
旅行も行ったような気がする。
あの頃は楽しかった。
私の人生で一番輝いている。
月明かりにうっすらと照らされる私の人生に太陽があった。
今思い出すと楽しい思い出と共に、
煩わしさが込み上げてくる。
何かあったわけじゃない。
でも、いつも間にかあの女を嫌いになっていた。
ちりん、ちりん
また着信だ。
どうせ親友からだろう。
なかなか鳴りやまない。
溜息と共に煙を吐き出し、名前も確認せず電話を取る。
「…誰」
「誰じゃないよ!また見ずに電話出たでしょ!!」
ちりん、ちりん
電話の向こうから鈴の音が響く。
何であの女から。
「今度結婚式するんだけど、あなたにも来てほしくて」
ちりん、ちりん
なんでこの眠った街のような私に?
あなたは太陽に照らされた街の人間なのに。
眩しすぎて私が近付くと飛べなく、離れられなくなってしまう。
他の羽虫と私は違うって思わせて欲しい。
「…ねぇ、聞いてる?」
ちりん、ちりん
もう辞めて欲しい。
嫌いでいさせて欲しい。
そうしないとあなたに憧れてしまうから。
まだ半分も燃えていない煙草の火を消す。
今はこの紫煙が邪魔だ。
「ごめん、聞いてるよ」
ちりん、ちりん
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