生き肉市場 肉を加工し道具を作成する過程は作業である。 雑記 11.2024
この記事は「個人奴隷調教の一場面と雑記 10.2024」を既読の前提で書いているので、未読のものはそちらを一読しておくとよい。
🟥の奴隷のとある日の夜の報告の一端に、🟥の奴隷の言葉「ご主人様の支配について、加虐が性的興奮というようなものや性癖に基づいたものではない、という記述に驚き、また戦慄しています」とあった。
これが、おそらく先日の「個人奴隷調教の一場面と雑記・・」の内容によるものである。
わたしは自分を何かのカテゴリーに振り分けたり分析することに興味もその意味も見出せないのであまりしない。当然、他のS女性様の傾向や分析もしない。それほど他者に興味がない。
尊重がないということではなく、わたしのところにくるマゾのほとんどは以前どこかしらでなんらかのセッションや調教を受けていることが多く、当然作法やある程度の知識、経験を持ってきている。そのためそれらの個体を躾けた女性様には一定の敬意を持っているし、よほど卑しい人間でない限り基本的には女性には敬愛の情を持っている。のだが・・・。
それとこれは別である。
🟥の奴隷はこの日の夜のやり取りで、
「S女性様はしばしば、奴隷を鞭打ち悲鳴を聞くこと(など)で濡れてしまうといった記事を散見してきました」という内容のことを言った。
わたしはこれがわからない。
そういう女性がいるであろうことはもちろん知識を持っているが、自分とは違うのである。このことは時々発言するのだが、自分と違うからといってそういった女性様がおかしいということではなく、わたしがおかしいということでもない。
わたしは🟥の奴隷だけに向けたわけではなくフォロワー全体に向けてこう返しのpostをした。
「お前は家畜の放牧で鞭追いの時その鞭打ちで性的興奮を得るのか?腹を満たすために鶏を捌く時性的興奮で生殖器が潤ってくるのか?それらは作業だ。わたしが愛人のJACKにオーラル奉仕させるのとは訳が違う。」
愛人に股を舐めさせることはあるだろう。
変わった趣向の人間であれば、獣姦などやそこまででなくとも犬に生殖器を舐めさせる人物がいることも知っている。しかしわたしにそのような穢らわしい趣味はない。家畜以下の奴隷になどもってのほかである。
そう言った人間の存在を知ってはいたのだが、最下層の奴隷の調教で主人が「性的に」興奮するなんてことは、結びつけて考えることはしなかった。人間ではないもの、しかも最下層の、家畜よりも立場の低い奴隷に欲情するということか?そんなことあるか???否。ありえない。
わたしには関係ないから深く掘り下げて思考はしないが、上記した「獣姦手前の行為」なら、可愛がっているペットに。そういうことであればそういう女性様はいるだろう。
一番多そうなのは、奴隷との名前で呼んでいるが内容はわたしでいうところのJACKやPAGEであれば、わかる。
あとはほとんど全部ごちゃ混ぜの個体と、それでもいいタイプの女性様。これも存在するのはわかる。わたしとは違うけど。彼らはSM婚していたりする。
わたしは犬が嫌いだ。
勘違いも甚だしい愛情が押し付けがましいだろ?
奉仕します!などと言って舐めてこようとする。
何が奉仕だ。愚か者。お前がやりたいだけだろ。
お前がやりたいことを要求する。この時点で主人と奴隷は成り立たない。せいぜい、主人と愛玩動物といったところだ。
わかるか?お前ら。
最下層の奴隷の立場において発言権はおろか主人に許可なく目を合わせることすら御法度である。(わたしは相手と状況で視線をくれてやることはある)
わたしは奴隷にはヒールの土でさえ舐める許可は出さない。靴が汚れる。
この日🟥の奴隷はやり取りでまたこのような発言もした。
「ご主人様との面会において焼印についても、性的興奮による衝動ではなく極めて冷静に、また冷徹に奴隷を見極めて過程を進めておられるのだと・・・」
そういうことを意識してやってはいないが、お前がそう思うならそうだろう。
「愛様は持って生まれた性質を後天的に拡張して今に至っておられるのだと」
そうかもな。
わたしは考えない。
お前は余計なことを考えずに服従すればいい。
性的欲求に基づかない高次の意識による支配と加虐
気にしたことないから。どうでもいいんだけど。
🟥の奴隷はこれを受け、畏れを強めたという。
⚜️ハハハ!
なるほどな!赤の奴隷よ!
お前は人間が家畜の豚を追う鞭打ちや、食うために捌く鶏に対して性的に興奮するのか?
わたしは今笑っているぞ!
🟥「はい。豚の方は檻に閉じ込められて人間のS女性に屠殺される恐怖に性的興奮を得るのです。」
「性的興奮に依拠するS女性様と、愛様は本質的に異なるのだと思います。強い畏れを感じて、怒張しています。今までにない畏れです。」
⚜️
ふん。他のS女性様のそれは知らなかったな、というか知ったところでどうということはないが、腑に落ちた。この世界でもわたしは異端か。どうりでな。だとしてもこれまでとわたしの在り方が何ら変化することはない。昔から群れるのは嫌いだ。
いろんな種族がいていろんな歴史やしきたりがある。
それらは、どれかが間違いということもなければ、何が優れていて何が劣るということでもない。
コアな欲望の営みの中で、自分に合った相手を探し出すというのは非常に難しい。
そういえばふと思い出したことがある。
それは20代の頃SMクラブ勤務していた時、一人だけ親しくなったM女性がいた。そして何度か彼女の自宅へ遊びに行ったことがあった。
彼女の家には雑種のオスのウサギがいて、その個体は餌をもらえる時しかなつかないので気楽だといっていた。
何度目かの訪問の時そのウサギの落ち着きがなかったので「いつもと違うね。機嫌が悪いのかな?」と彼女に尋ねると、「愛ちゃん、見てて」と言って彼女がゲージの扉を開けると、そのウサギはすぐにゲージから出てきた。
そしてウサギは二、三周部屋を駆けると動きが止まった。
彼女が靴下を脱いで足を出し、ウサギの鼻先近くで二、三回足首を回して見せると、ウサギは彼女の素足に被さり激しく腰を振り始めた。
僅か1分もしたかしないかのうち、彼女の「痛っ!」という声と同時にウサギは「キュウン!」と唸ってパタリと倒れた。
「??」何だ?と思っていると、
ティッシュを取って、彼女は脛の辺りを拭いた。
これをするといつも噛まれるので出血すると言って笑った。そのあともう一度新しくティッシュを引き出すと、今度は足首あたりについたウサギの精液を拭いた。それは白濁していなく、透明だった。
気がつくと倒れたウサギは元通り起き上がっていて、後ろ足で耳を掻いていた。
「猫と一緒で、ウサギもオスはおしっこが臭くってさ〜」などといいながらウサギをゲージに追いやっていた。
SMがもし「性的興奮」を伴うものという前提、定義があるならばわたしのしていることはSMではない。
しかし、🐖やスレイブにとってはSMなのだろう。
🟥の奴隷がまだ見習いだった頃。
後になって知ることになるので当時はわたしが知る由はなかったのだが、🟥の奴隷は奴なりに自己分析をしていて、己の望むSMの傾向、求めるS女性像のようなものを持っていたらしい。
のちに聞くとそれは、
・女性であること
・支配のための加虐ではなく加虐そのものが好きであること
・支配欲を持っていること
・調教に信念があること(その内容は重要だが、ここでは割愛する)
・容姿年齢はさほど重要でない(美しさや好みはあるが必要条件ではない)
などだそうだ。
これにわたし自身がその程度当てはまるのかはわからないが、加虐そのものが好きというのは実はレアなのではないかと、ここのところ考える。
Xを見ているとおすすめに時々流れてくる専業のクラブS女様で、ごくたまに「このかたはわたしと似た属性なのかもしれない」と思うことがある。それは施行の内容のハードさとはあまり関係がない。そして確かめる術はない。(その必要もない)しかしほとんどのS女性のセッションの場合その加虐は「躾のための加虐」「支配のための加虐」なのではないかなと思うのだ。
支配欲についてはわたしは実はそんなにないのではと思うことがあった。
これまで契約奴隷を複数持たなかったことからも、そう思う。契約など重荷でしかない。足枷だ。そう考えていた。
(今は違う。
その契約書に、「いつでもこの奴隷を捨てることができる」旨の記載があるからだ。)
元々わたしは人や物に対する独占欲があまりないし、嫉妬も罪悪感もどういう感情なのかいまいちわからない。
人間関係や書物で学習したから必要な場面ではあたかもそれらがあるように振舞っているが、実際はよくわからないのだ。
わたしは束縛が嫌いだ。
支配するということは、自分自身の時間も縛られるということだ。それが鬱陶しくて契約にはとても慎重だった。思いついて加虐してもいらなくなったら捨てて責任など取らないでいたい。それがあって、長らく「SMで相手の体に一生残る痕はつけない」という決め事を守ってきた。真面目なんだよな。
奴隷りさが死んでしまうのだろうなと悟った時、こいつに印をつけようと思った。その後の
りさの死と、その後の大きな一つの出来事がなければ今もそうしていただろう。
今は違う。
ミストレスケイコの手記を読んだこともそうだし、自身の生死観も変わった。
もちろん躾としてわたしはその奴隷に必要とあれば痕が残ろうがどうしようが必要な加虐をするし、また、躾と関係がなくても人の仕組みは面白い。生体実験みたいに。やりたかったらやる。怯えるさまや苦しむ表情が大好きだ。
そう。わたしはまさに加虐そのものが好きだ。
五寸釘奴や皮剥ぎ男もそうだ。
奴らのエゴのため個人奴隷には至らなかったがあのような行為でわたしは満たされる。強いて不満があるとしたらそれは「新品」ではなかったことだ。
奴らはそうされるのが好きなのと年齢、経験も積んでいて慣れているし、騒ぐけど未経験ゆえの恐怖心がやはりない。
そこがつまらなくあった。
🟥の奴隷はどんな様子を見せてわたしを楽しませてくれるだろうか?
こいつのマゾ性は深いと確信している。
今は、自分の耐性を気にしているようだが心配はいらない。お前ら奴隷の生は起きる出来事に耐えるしかないからだ。逃れる道を模索したり、降りかかる物を回避する工夫に思考を凝らす必要も権利もない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?