アップルマンゴー
友人のリーちゃんは最近、近所のスーパーの冷凍マンゴーにハマっている。
そのまま食べるのもおいしいし、牛乳と一緒にミキサーにかけるのも、カレーに入れるのもおいしいらしい。
小さなサイコロみたいなマンゴーのかけらをひとつもらって口の中に入れると、サディスティックな甘さとストイックな冷たさで歯がきりきりと痛む。まるで9月の残暑みたいだ。
その日、友人たちと食事をするときも、リーちゃんの手には冷凍マンゴーの袋があった。自分の部屋の冷凍庫からちゃんと持ってきたのだった。
リーちゃんはふとマンゴーの袋を見やると、「ねえこれ、アップルマンゴーってなに?」と聞いた。
「アップルマンゴー」、確かによく聞くマンゴーの種名だがその由来まではよく知らない。和製英語みたいな変な名称である。
袋の裏面に記載されている英語の品名もApple Mangoとなっている。
こりゃなんの説明にもなっていないじゃないか。
「それ知ってる」とえっちゃんがおもむろに口を開いた。
「日本の気候では限られた地域でしかマンゴーがとれないじゃん?海外から輸入するしかない。だからリンゴの遺伝子を組み替えて、品種改良してマンゴーをいつでもどこでも生産できるようにしてるんだよ」
「へえ〜〜!」
その場にいた誰もが感嘆の声を漏らした。そんな技術あるのかよ。
指先でゆっくりと溶け、糖をたっぷり含んだの汁を滴らせているこの柔らかいアップルマンゴー。
いくら同じ果物とはいえ、元はあのサクサクのリンゴだったなんてにわかにも信じられない。
それでも今や、AIと人間の映像の区別もつかなくなっている時代。
遺伝子操作でキメラみたいに今まで存在すらしなかった植物を生み出す未来も、考えてみたらそう遠くないはずである。
「それじゃ私が食べてるこれはマンゴーじゃなくて元々リンゴなの?」
リーちゃんはさっきよりも一段と目を輝かせている。
「そうだよ」
えっちゃんはスマホから顔をあげ、涼しい顔で答えた。
「アップルマンゴー リンゴ」
後日、検索欄にそう入力してみた。キメラ果物の技術はあまり聞いたことがなかったけども、将来どんな可能性があるのかどうしても気になった。
検索結果の要約にはこう書いてある。
「リンゴとマンゴーには生物学上なにも関係がありません。アップルマンゴーは熟すと皮がリンゴのように赤くなるため、この名が付けられています」
まじかよ。えっちゃんの力説はあくまで憶測だった。
それもそうだ。品種改良や栽培にかけるコストより、輸入のほうが手軽なはずだ。
しかも危うく、その場にいなかった別の友人たちにも「アップルマンゴーってなんでそういう名前か知ってる〜〜?」と、この虚偽を拡散するところだった。
ファクトチェック、大事。
マンゴーをつまんでベトベトになった手をティッシュで拭く。
どこか芯のある、植物特有のつんとした匂いはなかなか落ちない。爪の間はいつのまにかオレンジ色になっている。
けっきょくリンゴはリンゴのままで、マンゴーにはなれない。
私にはえっちゃんみたいな、あのすばらしい発想力はないと思う。