教師の人権保護をいじめ問題の解決につなげよう Protecting Teachers' Rights to Save Children from Bullying
札幌市で2021年5月に発生した、中学校1年生による小学校3年生(学年はいずれも当時)への性加害事件に関する調査報告書(以下「報告書」)が公表されました。これを受けIRISでは、10月15日、報告書の内容をもとにオンライン学習会を開催しました。前日の周知だったにもかかわらず、神奈川から2名、香川から1名の参加があり、計4名で開催しました。
1 学習会を開くきっかけ
報告書の公表や、それについての文部科学大臣へのコメントを受け、X上では教員アカウント等による批判が相次ぎました。それらの多くは、「学校外で起きたことに対してまで学校が責任を負うのはおかしい。」「いじめではなく犯罪。学校ではなく警察が対処すべき。」といった内容で、学校(教員)が対処しなければならないことへの不満を表明するものでした。
ところが報告書を読むと、こうした批判は的外れなものであることが分かりました。一方、批判すべき点や、問題提起すべき点は別にあることも分かりました。
報告書は50ページ近くありますので、なかなか皆さんに読んでくださいというわけにはいきません。そこでIRISでは、報告書に書かれた内容をお伝えする場を機会を設けるべきではないかと考え学習会を開くことにしました。
2 的外れな批判
X上でよく見られる批判として、2つの典型例を前項でご紹介しました。それらについて、どういう点で的外れと言えるのか説明したいと思います。
(1)「学校外で起きたことに対してまで学校が責任を負うのはおかしい。」
これは、裏を返せば「学校内で起きたことに対しては学校が責任を負う」という意味です。つまりこう考える人は、事案の発生場所が学校の中であるか外であるかによって、学校の責任の所在が変わると主張しているわけです。
しかしいじめ防止対策推進法(以下「法」)では、学校の内外で生じたいじめについて、学校による対処が求められています。いじめの発生場所によって責任の所在が変わるという考え方は採られていません。たとえ学校外で生じたいじめであっても、被害者が在籍する学校には対応が求められています。
法の規定を踏まえた上で、それでもなお「学校外で起きたことに対してまで学校が責任を負うのはおかしい」と主張するのであれば、的外れな批判とは言えません。しかし、法の規定を踏まえずに主張していたとすれば、いじめに対する理解(法に基づく理解)が不十分であると言わざるを得ません。
(2)「いじめではなく犯罪。学校ではなく警察が対処すべき。」
これも、言い換えれば「犯罪には該当しないいじめ事案は学校で対処する」と認めていることになります。犯罪か否かにより、管轄が学校なのか警察なのか決まるという考え方です。
しかしこれも、法により、犯罪に該当する事案であっても、いじめに該当するものであれば、学校による対処が求められています。もちろん、刑事訴訟法にいう捜査の実施主体は警察ですが、犯罪だからといって警察のみに任せればよいという考え方は採られていません。
そもそもこの事案は、2021年5月26日から3日間にわたって発生した性加害行為だけでなく、前年の冬に発生した、「加害生徒から被害児童に対するいじめ行為(帽子や手袋、ネックウォーマーを取られる。雪山から押され、落とされる。)」や、2021年4月頃に発生した「加害生徒から被害児童に対するいじめ行為(筆箱を取られる等)」(いずれも報告書より)によって構成されています。
こうした経緯を踏まえれば、性加害行為のみを取り上げて犯罪事案と断ずるのは適当ではなく、犯罪にも該当するいじめという捉え方をしなければならないことが分かります。
3 批判すべきポイントや問題提起
(1)法の規定は妥当か
いじめ防止対策推進法は、大津市で発生した中学生の自殺事件をきっかけに、2013年に制定されたものです。学校側が言い逃れに終始し、世間からの強い批判を浴びたことが背景にあります。
こうした成立事情から、法は、子どもが守られることに主眼を置いた内容となっています。そのこと自体に誤りはないものの、当時はあまり一般的ではなかった「教員の働き方」や「カスハラ」などの観点、児童生徒によるインターネットの利用実態の変化等を踏まえると、現在の規定が適切であるかどうかについては議論の余地があります。
「学校外で起きたことに対してまで学校が責任を負うのはおかしい。」「いじめではなく犯罪。学校ではなく警察が対処すべき。」という批判は的外れであると先に論じましたが、それはあくまで現行法を前提とした話です。法のあり方自体を議論することは、これから積極的にやっていかなければならないでしょう。これまでは、社会の側が学校に対し「ああしろ、こうしろ」と対策を求めてきたように思いますが、これからは逆に、学校の側から、何が学校にできて、何ができないのか、現実的な面から社会に向けて主張し、「子どもを守る」という絶対的な目標のために学校が果たすべき役割について、社会との間で対等な議論を積み重ねていくべきではないでしょうか。
(2)子どもに寄り添うことと保護者への向き合い方
報告書の内容は、その大半が申立人(保護者)への対応に関するものであり、子どもと学校がどう関わっていたかという点については十分に見えてきません。そのため、これは実態とは異なる部分があるかもしれませんが、教員としての想像力を働かせて敢えて書くとすれば、学校はその労力の大半を申立人への対応のために取られたのではないでしょうか。
子どもの発達段階等を考えれば、申立人の意向に沿うことが、すなわち子どもに寄り添うことであるとある程度割り切って考えなければならない部分もあることは否めません。したがって、申立人が子どもの気持ちを無視して行動しているのではないかという考え(これはこれで、議論としてはありうるかもしれません)には立ちませんが、それにしても、申立人への対応という部分で関係者が疲弊してしまい、子どもにとって最善の対応になっているかという肝心な部分への検討が、対応の各過程で二の次になっていたとしたら、子どもにとっては不幸なことだと言わざるを得ません。
たしかに、他の職員との間で十分な情報共有をせず、記録の作成や後任者への引き継ぎを行わなかった小学校教頭の対応には大きな問題があったと言えますし、加害者と被害者が通学路で出会わないようにする対策を取る上での、中学校側の対応には不十分な点があったかもしれません。しかし、当事者から激しく対応を非難されると、たとえその主張の核心部分において正当性があるとしても、むしろその付随部分において担当者等が心情的に傷つき、積極的な対応を取ろうとする気力が削がれるという弊害が起こりえます。これは、双方にとって不幸なことではないでしょうか。
そこで、子どもの最善の利益を図るという観点から、いじめ問題における保護者への対応について次のような改善策を講じることを提案します。
①保護者からの要望を聞き取り、学校に伝える第三者的機関を設ける。(教育委員会をあてる場合と、教育委員会以外の機関をあてる場合の両方が考えられる)
現状でも、教育委員会が間に入ることはよくあります。その場合でも、ただ事実上の担当者をあてるというだけでなく、組織的な位置づけをより明確に行うべきでしょう。また、教育委員会自身が当事者となる場合もあるため、さらに客観的な立場から保護者と向き合える機関を設けることも考えられます。
②保護者が学校関係者に接触する際は、時間や方法に合理的な制限を設ける。(保護者の要求が無条件・無制限に認められないようにする)
現在は、保護者が要求すれば、保護者がいいと言うまで長時間の対応を学校が迫られるということも珍しくありません。それを改め、1回の対応時間は最大で30分までにするとか、第三者の立ち会いやコーディネートを可能にするとか、威圧的な言動を禁止するとか、合理的な制限を設けます。
保護者への対応に疲弊し、子どもへの対応がおろそかになったり、対応する気力も失われたりするようなことになれば、全ての当事者にとって不利益です。教師の人権を適切に保護することで、結果として、子どもや保護者にも利益がもたらされます。
保護者からすると、権利が一方的に制限されるようにも思えるかもしれませんが、そういう面ばかりではありません。①に関して言えば、自身の要求を、より通りやすいものに変えるためのアドバイスが得られる側面もあります。当事者の要求というのは、ともすれば社会的に妥当な範囲を超え、過剰なものにもなりうる危険性を孕んでいますが、当事者としての正当な要求の水準を満たしつつ、事案に相当する適切な範囲での要求を行えば、学校としても受け入れやすくなります。過剰要求という指摘を学校側が行っても、保護者としては単に不誠実な対応としか受け取れず、話し合いが紛糾する可能性がありますが、第三者的機関が客観的な立場からアドバイスを行えば、保護者としても受け入れやすくなるでしょう。
4 まとめ
教員が心を病む原因、教職を離れる原因の一つに、いじめ問題への対応があります。子どもに向き合う中で直面する困難には耐えられても、保護者や管理職からの叱責や圧力に耐えられず、休職や離職に追い込まれてしまうというケースもあります。
いじめ問題というと、子どもの人権を守ることばかりに重点が置かれ、教員の人権にはあまり注意が払われてこなかったように思います。しかし、教員の人権を保障することで教員が安心して対応にあたれるようにすれば、結果として、子どもの人権も一層守られるのではないでしょうか。
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