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新しい言葉を教えてくれるおじさんの話
「アンティス、アンティス…」
暗闇の中で声がする。
あっ、これはもしかして、夢?
声だけの夢?
忘れないうちに書き留めたい。私は、力をふりしぼり、布団からガバッと体を起こして、寝室の隣のリビングまでよろめきながら走り、テーブルにあったボールペンでその言葉をチラシの裏に書きつける。
「アンティス?」
初めてきく言葉。でも胸のなかであたたかい響きがした。これは、この現象は、夢の中で私の知らない言葉を教えてくれるおじさんの仕業だ。
私はたまに夢の中で声がきこえる。それが、なんだかおじさんの声なのだ。しかも私の知らない言葉を何度もつぶやく。この得体の知れない人にからかわれているのかな、と思ったが、その声質は知的な賢者のようなおじさん。私の勝手なイメージかもしれないけれど。
かなりの頻度で、声だけの夢を見て…いや、夢をきくのだった。忘れないように、忘れないようにと思うのだけれど、きいてすぐに起きてメモを取らないと忘れてしまう。だから、大半は忘れて、いつも悔しい思いをしている。でも今回は、奇跡的にメモが取れたのだった!
さて、「アンティス」なんて言葉は存在するのかな?夢の中の声だから、私の頭でつくった意味のない、でたらめな言葉かもしれない。だけど、ネットで検索してみたら…「朝日に照された山」という意味がでてきた。意味があったんだ!
しかもこの言葉、アンデス山脈の語源なんだとか。アンデス山脈周辺に住むアイマラ族が山に向かって、「アンティス」と言っていたので、それをきいたスペイン人が山の名前だと勘違いをして「アンデス山脈」と呼ぶようになったという。
これらのことは、「アンティス」という名のワインをつくっている会社のサイトに書いてあった。学術書などにも載っているのだろうか。もう少し調べて確かめたい。
ともあれ、そんな意味に偶然出会って、この言葉に随分励まされた。実は夢を見る前の昨夜は、久しぶりにかなり落ち込んでいて、枕を濡らしていたからだ。大人だけれど、私はかなしい時によく泣いている。
だから、夢の中でおじさんがくれた、朝日に照らされた山…「アンティス」という言葉は、私の心の暗闇をあたたかい光で照らしてくれた。ありがとう、おじさん。また私の知らない言葉を教えてくださいね。