まちのポテンシャルって何だろう?
最近よく、『このまちのポテンシャル』っていう言葉を聞きます。
ぼくの愛するこの街、北九州市は、ポテンシャルが高いっていうことは、ずっとこの街で生きてきて、とっても感じているところです。
例を挙げればきりがないです。
可能性に満ちてる。資源がいっぱいある。魅力がいっぱいある。
昨日、とあるメンバーで、とっても難しい議論を展開していたのですが、
このことについて、もう少し踏み込んで考えてみたいと思いました。
『まちのポテンシャル』って何だろう?
ポテンシャルっていう言葉は、人。特にスポーツなんかで使用する言葉ですよね。
あの選手のポテンシャルは高いって。
背が高い、手足が長い、体力がある、筋力が強い、、、、などなど。
ポテンシャルとは、潜在能力のことですね。
秘めているチカラ、実は持っているチカラ、というような感じでしょうか。
人的要素で言うと、持って生まれたチカラの部分は大きいのかなと思いますね。先天性と言いますか。
じゃあ、その人の、後天的なものはポテンシャルに含まれないのでしょうか?
トレーニングを重ねてきたこと、
体力はもちろんのこと、培ってきた技術、
勉強を重ねてきたこと、
人との繋がりや人脈、
これまでの出会いや経験、
心や気持ちの強さ、
考え方、性格、思考回路。
もちろん、これらも含まれるように思います。
ポテンシャルっていうのは、きっと、『いま、この時点で』持っているチカラのことを言うんだろうと思うのですが、
『これから積み上げていくこと』もポテンシャルになっていくのではないか?と思います。
きっとそうなんだろうと思うし、
そうであってほしいと思います。
では、『まちのポテンシャル』に戻ります。
このまちはポテンシャルに溢れています。
まず立地。最高です。
そして地形。最高です。
そこにある自然。都市でありながらも自然と共存するまちです。とても素晴らしい自然がすぐそこにあります。
このまちが、「持って生まれたもの」はこういった要素でしょうか。
ポテンシャルはこれだけ?
いやいや、そんなことないですね。
ぼくの大好きな『北九州市民憲章』。
特に一番最初の「前文」の出だしが好きなんです。
『美しい自然に恵まれ、ながい歴史とたくましい産業をうけついできました』
このまちを語るうえで、『産業』はトップバッター、必要不可欠でしょう。
ポテンシャルを考えるうえで、「経済」的要素は必須です。
たくましい産業の歴史をこのまちで受け継いでいます。
それは先人たちのご尽力によるものです。
先人たちが、そのときに、築きあげていっていただいたおかげで、そのポテンシャルを受け継いでいます。
いま、改めてこの市民憲章の前文を見ると、すごくよく構成されていることに築きます。
3行の構成のなかで、
1行目は、過去からうけついできたこと。
2行目は、いま、やるべこと。
3行目は、未来へと向かっていくこと。
最後の文章も大好きです。
『学ぶ楽しさを深め 文化のかおるまち』
たくましい産業をつくりあげた先人たち。
企業や、国策や、投資のチカラもあったのだろうと思いますが、いわゆる「市民力」があったのだろうと思います。
後天的なポテンシャルをつくっていく要素を見つめます。
人が育つこと、人が活躍すること。
そこに学びや喜びがあること。
文化があり、風習があること。
まちや暮らしへの愛着や想い入れがあること。
人が繋がり、
ともに築きあげていくこと、
ともに支え合っていくこと。
暮らしがあり、家族があり、
懸命に働き、生活をつくり、
それぞれの生きがいや楽しさを持ちながら生きていくこと。
このまちには、凄い宝がいっぱいあります。
今さら宝探しをしなくっても、しっかりと宝を握りしめ、受け継いできました。
まだ輝いていない原石もいっぱいあるんだろうと思います。
これから宝の原石を生み出していくことも、きっとできるんだろうと思います。
時代の流れや、そのときの価値や感性によって、評価が変わっていくものもあるでしょう。
これまでのポテンシャルを大切にしつつ、
これから、実りある未来を築くために、次なるポテンシャルを生み出していくような、そんなまちでありたい。
ぼくたちのやっているような市民活動も、
超微力ながら、そんな想いを抱えています。
今日はちょっと踏み込んで、こんな言葉にできて良かったなと思います。
「このまちに、誇りと愛着を」
未来へとこのまちのポテンシャルを培っていきたいと思います。
今日もご覧いただきありがとうございます。
冒頭の写真は、尊敬する原賀いずみさんが描かれた北九州のイラストです。(2019年にリビング北九州に掲載されたものです)
<1年前の”今日”の記事★>
北九州市は世界的に選ばれた『SDGs未来都市』です。
とは言え、「SDGsって何?」っていうのを学ぼうとしたときに、行政以外にそれを教えてくれるプレイヤーが少ないのも事実です。
ESDにずっと携わってきたぼくに、こういう依頼がくることはとても喜ばしいことです。
<2年前の”今日”の記事★>
これは、とっても大切な記事です。
いま、自分の時点を感じ、考えていきたいです。