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「どうしようもない」

ここ2週間ほど、いつも持ち歩いているスケジュール帳のページを捲っていなかった。それは手書きで日記を書くこともしなくなっていたことと同義で、今日のお昼に久しぶりにスケジュール帳を開いた。2週間、日にすると14日間、真っ白で何も書かれていないページを見て怖くなった。何で怖くなったのかは分からないけど、すごく焦る気持ちになった。書いても書かなくても時間は確かに過ぎていったし、そうした過ぎた時間の一番先に自分自身の足跡も残っているって頭の中では分かるけど、けど。

どうしようもないなぁって、何にもしたくなくなる時がたまに来る。一ヶ月に一回は必ずやってくる。何となく、感覚だけどそういう時が来るなって分かる。一ヶ月に一回のペースで起こるからもうそろそろ対処方法とか見つけて、慣れてもいい頃なのに、何回来ても慣れないし、どうしよう、って一人で焦っている。特に今日は、本当にどうしようもない日だった。何してたっけって思い出そうとして、一番何もしてなかったって言い切れる日で、逆にそれが記憶として存在したまま思い出として残るのはあるかもしれない。

いつもは滅多にしないのに、買い物をするのに好きな街に行って、普段だったら目に留めて良いなと思っても買わないものを一つだけ買った。ほとんど衝動買いに近い。家に帰ってきてもう一度眺めて、やっぱり買って良かったと思った。大事にしようと思う。

午前中は全くやる気が起きなくてどうしよう、となっていて、午後は外出の予定があったから準備をして外に出た。ひたすらどうしよう、という気持ちだけがぐるぐる回っていて、ここまで気持ちが落ち込んだのは久しぶりだった。それでも、携帯が鳴って電話に出て誰かと話して、いつも通りのテンションでいるなぁと客観的に自分を見れる余裕はまだ少しだけあった。「そうなんですね」と答える自分と、家で過ごす自分との境界線がよく分からなくなってくる。どこで気を抜いたらいいのか、最近よく分からなくなっている。

外出の予定が終わって、帰り道、「日本ってさ、」という出だしからしばらく隣を歩く相手の話を聞いて、ひたすら頷いて相槌を打って、なるほど、と言いながら、大事なことだけでも頭の中に入れようとしていた。「体制だけを整えるから後はやってね、だと何事も続かないし、周りもついてこないよ」と言われて、こういう時はなんて答えればいいんだ、と思って少し考え込んでしまったら、相手が自然と話題を変えて違う話を振ってくれた。難しい、もう半年以上経つのに慣れない。多分一生慣れない、それでいいんだと思う。ある程度緊張感を持ちつつ、仕事に向き合いたいとは思う。

noteに書く時間を設けられた今日は、どうしようもなくて、そのどうしようもない気持ちから少しだけ抜け出せた日だったと思いたい。ダメダメな一日だった。必要最低限の用事だけで過ごして、後は気持ちとの戦いをしていた。そういう日があったってどこかに残しておいて、いつか、未来でまたこの文章を読み返した時に、分からないけど、何かしら励みになれば、とか思う。分からないけどね。明日も少しだけでいいから、進めますように。行きたい方向に向かえますように。

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