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ハッピーセットの匂い《iquotlog:天才的一般人の些細な日常》

 先日、夜中に目が覚めた。
 腕時計をしたまま寝てしまった夢を見て、こりゃいかん、せめて腕時計は外して寝なければ、と思って手首を触ったところで目が覚めた。
 手首に指を回すと、腕時計はなかったが、頭の左側に3歳の息子の頭が刺さっていた。ほぼぼくに対して直角に息子が刺さって、すやすや寝ていた。顔を少しそちらに差し向けると、鼻があたって息子から哺乳瓶の匂いがする。
 息子が哺乳瓶の匂いがすることを見つけたのは5歳の娘だ。息子はとっくに哺乳瓶を卒業しているが、牛乳系飲料が大好きでしょっちゅう欲しがる。歯を磨いたあとはだめだというのに欲しがる。あるときテレビを熱心に観ている娘に、息子が寄っていってからんで、「もう! ほにゅうびんのにおいがする」と言われていた。
 きょうはバージニア・ウルフの『フラッシュ』という小説を読んでいて寝るのが遅くなった。次の日辛くなるのがわかっているのに夜更ししてしまう。家族が寝ている布団のところまでくると、めいめい好き勝手な場所に、染色体みたいな形で寝ている。でも自分は端っこが好きだから、布団の縁に寝そべって、携帯を充電器につないだ。そしてアマゾンや図書館の蔵書検索で読みたい本を探す。
 ふと、横に転がっている娘から、なにか馴染みのものの匂いがすることに気がついた。娘を少し動かして、頭の匂いを嗅いでみた。
 すぐになんの匂いかわかった。これはマクドナルドのハッピーセットの匂いだ。
 でもなぜ?
 きょうはウーバーイーツも頼んでいない。マクドナルドのデリバリーも頼んでいないし、店舗にも行っていない。なのに娘はハッピーセットの匂いがする。
 でもお風呂に入れたとき、リンスをした。「りんすをしたらどらいやーしなあかんのやで」と言われたのでドライヤーで髪を乾かした。だからもっと爽やかな香りがしてもいいはずなのに。
 マックナゲットやポテト、ハンバーガーにチーズバーガー、オレンジジュース、それぞれの入った紙袋、ミニずかん、プラスチックのおもちゃ、ナゲットのソース、そんな様々のものが載ったときのテーブルに漂う匂い。横で眠る娘は確かにそういう匂いがする。
 ちょっと暑いのか、少し汗をかいている。それでだろうか。汗とリンスの香りとで、ハッピーセットの匂いができるのだろうか。
 ぼくはこのハッピーセットの匂いのそばで眠り、また腕時計か足枷かをつけたまま眠っている夢を見るかもしれない。でも染色体のように散らばった布団の上の家族は、猫も含めて、机にハッピーセットを拡げたときのようなしあわせな夢を見ているといいなと思う。
 マクドナルド化した一家族の夜である。

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