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宝物庫《iquotlog:天才的一般人の些細な日常》

 今月はほんとに本を読まなかったな、と、緊急事態宣言下、月末日曜の図書館で思った。ときどきやるように、夜寝る前に短めの戯曲を一冊読もう、と、バイロンの『マンフレッド』(小川和夫訳、岩波文庫)を借りておいた。
 家族が22時頃寝室に行ってから、ぼくは一通手紙をしたため、封をして住所を書き、切手を貼った。
 それから『マンフレッド』を読んだ。
 途中、幕の間に本を伏せたとき、アイスコーヒーのグラスを置いていたところに伏せてしまったらしく、本に戻るとページの片側がびちゃびちゃに濡れていた。しまった。図書館の本なのに申し訳ない。それから続きを読んで、幕切れとなり、訳者解説を読んだら、もう乾いていた。
 時刻は深夜1時半頃。
「アレクサ、30秒のタイマーをセットして」
で、コーヒーの豆をひきはじめ、湯を沸かして、ネルのフィルターを絞って、明日妻に持っていってもらおうと、アイスコーヒーを作った。
 寝ている妻にそのことを伝言するラインを送ったら寝よう。そう思って寝室に入ろうとしたら、内側から鍵がかかっていて入れなかった。
 最近、こういうことがたまにある。下の子が脱走しないように、長女がロックしてそのまま全員寝るのか、下の子が誰も知らない間に鍵をかけるのか、どちらかだと思うが、深夜に家の中で閉め出されるぽつねんとした感は何と言ったらいいだろう。この際、居間でゴルトベルク変奏曲でもかけて寝ようかと思ったが、スマホの充電器が寝室にしかなくて充電できないので、やはり寝室をこじあけることにした。
 外側からは硬貨や刃物があれば解錠できる。水平になった溝にそれらをはめて回せばいいのだ。居間に戻って財布から10円玉を出して開けようと思ったが、鬼滅の刃の猪之助のキーホルダーがあったから、「これで開くかな」と思いつつ寝室前へ。試行がうまく行かなかったときのために硬貨も持っていけばいいものを、娘もぼくも効率的でなくて、だめならまた戻ってきて試すという昆虫みたいな行動をとりがちだ。
 でも今回は試してみたら開いた。さすがは猪之助。
 けれどドアを開けたら、そこには一面に夜空が広がり、天上の音楽が空間を満たしていた。
 妻と娘が相談して決めた夜空の投影機がずっと作動していて、スマートスピーカーのアレクサが「癒やし音楽」を流したままだった。猫のすーちゃんとぼく以外の家族3人が、おむつのままだったり、パンツを見せたりしながら、床に敷いた布団に落ちて寝ていた。
 緑色の星の点々と星雲のようなもやもやした光に覆い尽くされた部屋は、『天空の城ラピュタ』でパズーが飛行石の鉱床を見せられた場面のように神秘的で、アレクサの「癒やし音楽」が、もともとスピリチュアルな人に美しい倍音を発する音叉を持たせたかのごとく、否応なしに神秘感を高めていた。
 まことに、ここに眠るは我が家の宝たち、この部屋は王家の宝物庫である。
 かようなことを思いつつ、やや寝不足になることは承知しつつ、この文を書いている。
 星空製造機も止めたし、アレクサにも「ストップ」と言った。普通の夜らしい暗闇ができた。
 朝早い妻への、「アイスコーヒーがあるよ、持っていってね」の伝言を送って、妻のスマホがブルルッと振動したのを見届けたら、寝よう。
 

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