見出し画像

音楽とテクノロジーの親和性について


伊藤 博之(クリプトン・フューチャー・メディア(株)代表取締役)

 クリプトン・フューチャー・メディア(株)(以下,当社)はインターネット元年と言われる1995年に設立した.インターネットが世の中を根本から変えると気付き,いても立ってもいられず起業したのだが,当時の北海道大学職員時代に世間より一足早くインターネットに触れることができたのが幸いだった.当時は趣味のDTMで音楽を自作していた.DTM(Desk Top Music)機材が公務員のサラリーでも買えるくらいには手軽になっていたので,DIYで音楽作品をつくり,デモテープを海外のインディーズレーベルに国際郵便で送ったりもしていた.海外のDTM仲間が手掛けたDTMソフトウェアの輸入販売業から起業したが,それに限らず,インターネットには音楽業界自体を変える可能性があり,自らそれにかかわってみたいと考えたことが起業に踏み切る主因だった.

 当社が取り扱うDTMソフトウェアには,楽器(i.e. グランドピアノ,生ドラム,オーケストラ,民族楽器)の音色をサンプリング技術で緻密に再現する"Virtual Instruments"や,各種スタジオ機材やエフェクタの動作をエミュレートするプラグインなどがある.従来ハードウェアだった楽器やハイエンド機材がソフトウェア化されることで,本格的な音楽制作環境をソフトウェアとして誰でも安価に手に入れられるようになり,アマチュアとプロの音楽クオリティの垣根が事実上消滅した.2007年には当社で『Vocaloid2 初音ミク』を開発し発表した.これによりDTMerの歌入れという最難関が開き,また当時始まった動画共有サービスとの相性の良さから,音楽制作にカンブリア爆発が起きた.

 YouTubeなどの動画プラットフォーム,それにApple Musicなどの音楽プラットフォームが音楽発表の主戦場になった.CDは物流であり流通圏がほぼドメスティックに限られていたが,デジタル配信は流通圏が最初からグローバル.TuneCoreや当社ROUTER.FMのようなサービスを使えば,アマチュアでも自作品をグローバルに配信でき,しかも収益のほとんどを自ら手にできる.ネット中心に活動しているクリエイターは,旧態依然で不条理な中抜きが常態化しているレコード会社から距離を置き,自らDIYの道を歩み始めた.中には自ら起業するクリエイターも増えている.いつの世も音楽はそのときの最新テクノロジーを受け容れてきた.18世紀の木工技術がピアノを生み,それが後のショパン(Frédéric Chopin)の登場に繋がった.また1950年代に,東京通信工業(現ソニー(株))によるトランジスタラジオの量産が,音楽の大衆化に貢献しロックンロールなどの若者文化を生んだ.音楽という実証実験の場は新テクノロジーの揺り篭でもあるのだ.また,テクノロジーにより音楽そのものも進化を遂げた.ネットでは,クリエイター同士がコラボして共同で作品制作する動きも活発で,これはDAO(分散型自律組織)と非常に相性が良い.Web3, AI, xR…それらが音楽と無関係ということはありえず,むしろテクノロジーがなびく方向に音楽とテクノロジーはこれからも共進化を続けるだろう.

(「情報処理」2023年4月号掲載)

■ 伊藤博之
北海道大学に勤務の後,1995年札幌市内にてクリプトン・フューチャー・メディア(株)を設立.北海道情報大学客員教授も兼任.2013年に藍綬褒章を受章.2016年にFIT船井業績賞を受賞.