「情報通信ネットワーク」分野の問題
安田 豊 (京都産業大学 情報理工学部)
連載「教科『情報』の入学試験問題って?」第8弾です.前回までの入試問題解説に関してはこちら(https://note.com/ipsj/m/m1ca81b5d1e66)をご覧ください.
今回はネットワーク関連の問題を取り上げます,と思ったのですが,実際に調べてみると思ったほど事例が集められません.あったとしても比較的単純で類型的な問題ばかりで,ここで紹介・解説する意味がほとんどありません.そこで今回はなぜ単純で類型的な問題ばかりになってしまうのか,その構造について考察を試みます.ちょうど大学入学共通テストが実施されたところですから,題材は主にこの共通テストの「情報関係基礎」から採ることにします.
単純な問題
大学入学共通テスト2021年度本試験の情報関係基礎(以後単に2021年度本試験)の第1問・問1cにネットワーク分野として典型的な問題があります(図-1).
図-1 2021年度本試験の第1問・問1c
正解はそれぞれ「32」ビットと「(1) IPv6」です.この「アドレスの概念」を題材にした問題はあちこちで見ることができると思います.次に2020年度本試験の第1問・問1bを示します(図-2).
図-2 2020年度本試験の第1問・問1b
正解は「(3) パケット」と0〜「255」,そして「(4) 2^8」倍です.
最初に取り上げた2021年度本試験の問1c (図-1)はアドレスが接続できるホストの台数に関連していることを取り上げています.しかしその理解がなくても丸覚えで解答可能であることが難点です.つまり2つ目に示した2020年度本試験の問1b (図-2)はより明示的にアドレスの構造を範囲や空間として意識させることで,丸覚え対応ではない理解を確かめようとする工夫がうかがえます.
ネットワーク分野の作問では,常にこの壁に突き当たります.つまり「知識だけで答えられない,理解を要求する問題としたい」が,しかしそれが可能な領域がきわめて狭いのです.アドレス関連だけでなく,階層化プロトコル,ドメイン名関連などでも同じです.たとえば2020年度本試験の第1問・問1aではドメイン名の階層について扱っていますが,階層構造をとった理由(価値)を問うところまでは掘り下げていません.第1問だからといった要素もあるでしょうが,記憶でなく理解を要求する問いを作れるほど,多くの教科書はこれらのトピックに対して踏み込んでいないことが大きいと思われます.
「理解」を問うための工夫
情報通信ネットワークの分野は,パケットやそのルーティングといった直接的な事項だけではありません.その周辺あるいは基礎に符合化やデータ量といった要素があり,これらはプロトコル(特にパケットフォーマット)や通信量といった形で表出しています.この周辺領域を題材に具体的な説明を行いながら簡単な演習を行う形で「理解を問う」問題とすることが可能です.
2020年度本試験の第1問・問2はそういった性質の問題です.通信は直接的には出てきませんが,モールスに似た長短2パターンのライト点灯(図-3)という,すぐにでも通信に使えそうな内容です(問題全文は文献[1], [2] から「情報関係基礎2020本試験H問題」を参照).
図-3 2020年度本試験の第1問・問2,点灯パターンの図
この問題は点灯・消灯を単純に1・0に置き換える直接的な符合化から始まり,次に長短の点灯と字間(長い消灯)という3つの状態を2bitで表現する方法へと進みます.そして3状態を2bitで表現せず,3進法で符合化することでデータ量が削減できることを確認します.段階を経てデータ量が削減されていく,つまり符合化の方法によって効率が変化する流れです.
受験生にとっては初めて遭遇する符合化手法・考え方かもしれません.しかし符合化やデータ量といった概念に対する基本的な理解があれば,具体的な説明を追いながら実際に符合化と復号を行って理解を確かめつつ正しい答えに到達できる,逆にそれによって理解度を測る,というのが作問者の意図でしょう.
2022年度本試験の第1問・問3でも,符合化やデータ量の問題が出されました.中心はサンプリング処理で,通信の側面はかなり薄いのですが,データ量を意識する問いもあります.そして上のライト点灯問題と同じく,設定された条件で標本化・量子化・符号化の段階を追いながら実際に作業を行う構成です.このような「対象とする領域の技術的な部分の説明を問題文中で行いながら演習を行うことで理解度を問う」アプローチは,「単純な語句や記述の記憶では済まない」領域に踏み込むための1つの方法なのです.
2022年度本試験でのストレートな問い
2022年度本試験では1つ,ストレートに情報通信ネットワークの問題が出されています.第1問の問2bです(図-4).正解はここには書かないでおきます.考えながら問題文を読んでもらえなくなりそうですから.
図-4 4年度本試験の第1問・問2b
問題文を読めば,これもやはり「仕組みを理解しておれば問題文の説明記述を正しく読み取り,正しい答え(単語ではなく説明文)を選ぶことができる」形式とすることで「記憶ではなく理解を問う」ものだと分かるでしょう.
ところで「社会と情報」の教科書にある回線交換・パケット交換の説明量は上の問題文と正解文を合わせた程度か,あってもその倍くらいです.図があったとしても「2点間で接続を確立し,回線を占有する」といった記述でその意味が分かるはずもなく,いくらか補足的な説明が必要と思えます.しかし授業ではあまり深く追わずに通りすぎることも多いのではないでしょうか.IPアドレスやドメイン名のように利用者に直接見える部分ではありませんからね.
この問題形式はこうした「教科書あるいは授業内容の違いによって受験生に生じるかもしれない説明・経験量の不足」をカバーするアプローチでもあると思えます.学習過程にいくらか不十分なところがあっても,基礎的な理解と論理的な思考を積み重ねることで正解に到達できる可能性が高いからです.
これからの「情報」の問題
本稿では,まず「情報通信ネットワーク」分野の問題が多くなく,あったとしても用語問題とでも呼ぶべき,単純で類型的な問題に陥りがちであることを示しました.そして「知識だけで答えられない,理解を要求する問題」とするために工夫が重ねられており、それらはすべて先日実施された2022年度共通テストから重視されることとなった「思考力」「判断力」などにつながっていることが分かります.
つまり「ネットワーク分野」に限らず今後の「情報」入試では,これまで単純で類型的だった分野の問題について,どれも本稿で解説したようなアプローチによって「知識だけで答えられない,理解を要求する問題」として再構成されて出題される可能性がある,と言えるでしょう.
対象となった事項について,その知識や理解にいくらか不充分なところがあっても,問題を読んで論理的な思考を積み上げれば正解に到達できる.しかしその場合は時間がかかる.それらの事項について学んだ際によく考え,十分な理解を得ていた場合はスラスラと問題が読め,短い時間で答えられる.そんな問題を想像してください.
まだ「情報I・II」で情報通信ネットワーク分野がどのように扱われるのか,その詳細は明らかではありませんし,それに対応して入試「情報」がどのように変化していくのかは分かりません.本稿がそうしたことについて考える一助となることを願っています.
参考文献
1) 情報関係基礎 アーカイブ, 情報処理学会 情報入試委員会, https://sites.google.com/a.ipsj.or.jp/ipsjjn/resources/JHK
2)情報関係基礎 アーカイブ 公開場所, 情報処理学会 情報入試委員会, https://drive.google.com/drive/folders/140pQJOKWzYH2-NvzPCyQdqFPHcZhCSOa
(2022年1月19日受付)
(2022年2月2日note公開)
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