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#2 今の自分を作るのは、【人生のゴール】を見据えることである

サラリーマン起業家のi-proです。
いつも記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

前回の記事では、私の自己紹介と、『野球に人生を救われました』という、私が最もお伝えしたい内容を書かせていただきました。大袈裟ではなく、私は人生の節目節目において、野球によって人生選択をおこない、人と出逢い、人に導かれ、今のキャリアを築くことができたと確信しております。
皆様の中にも、野球に限らず、『スポーツによって〇〇を養って今に活かしている』という方はたくさんいらっしゃるのではと思います。ただ私の場合、今に活かしているとか中途半端なものではなく、私の血肉は野球によって作られた!と言っても過言ではありません。

今回は、私の現在のキャリアと、私が死ぬまでに目指すゴール(目標)を書かせていただき、私の現在地と目指す未来を皆様に知っていただこうと思います。

今回の目次
1、私のキャリア
 ●建築不動産の営業マンとして
 ●【不動産×教育】を軸とした、副業法人の
 代表取締役として

2、私の人生のゴール(目標)
 ●ひとりの人間として
 ●サラリーマンとして

1、私のキャリア

●建築不動産の営業マンとして

私は、現在、ある建設会社の営業マンとして、勤務しております。いわゆる、『サラリーマン』です。私の仕事は、地主や投資家に、新築物件や中古物件による賃貸経営の提案を行っております。巷では【不動産投資】の営業といえばわかりやすいでしょうか。

この仕事は、今ある顧客先を周り受注するルート営業ではなく、顧客や見込み客もいない【無】の状態から、自らの人脈や紹介、飛び込み営業などの活動から【有】を作り出す、開拓営業です。
1案件あたりの受注単価は1億円から2億円にもなり、すぐに結果が出るような仕事ではありません。
私は、この会社に野球を通じてご縁があり、現在で10年を経過しましたが、全国で50人以上存在する同業種の営業マンの中でここ3年〜4年は常にトップクラスの成績を収めることができるようになりました。
この成績は紛れもなく野球のお陰です。
この会社に入社するまで建築のけの字も知らなかった野球バカが、なぜこのキャリアを築くことができたのか。
野球とビジネスは一見全く別物であると感じられますが、野球での経験、ノウハウ、考え方をそのままビジネスに転換し、マーケティングを行ったことで、現在のキャリアを築くことができ、結果、10年で年収を10倍にすることができました。(独立リーグ時代との年収比)
この会社に入社した経緯と、具体的な営業手法については、後の【キャリア編】でお話しさせていただきます。

私の本業は、
賃貸マンションによる不動産投資のご提案を
地主と投資家に行うことです。

●【不動産×教育】を軸とした、副業法人の
代表取締役として

私は、今のキャリアをサラリーマンとして築いた後、次のステップに移行しました。それは、『副業』です。副業を始めた理由はひとつ、【キャリアと収入の最大化】です。私は、現在のキャリアの知識と経験、ノウハウを利用して、1棟の賃貸マンションを購入しました。この時に、節税を目的とした副業法人を設立し、法人の名義で賃貸マンションを購入しました。その法人には、私が着手したかった【キャリア教育】を定款に盛込み、社会人や学生にキャリア形成の考え方を伝える仕事ができるように形を作り、現在はスキマ時間で不動産会社の新人の方への研修や営業コンサルを行っております。
結果として、プレゼン力や人脈拡大といった本業のキャリアをより高めるとともに、家賃収入とコンサル料を毎月の収入として、得られるようになりました。

次回以降の記事で私の生い立ちの話をする際にお話ししますが、私はある大学の教育学部を卒業し、教員免許を取得しております。今までずーっとどこかのタイミングで『教育』に携われないかと模索していましたが、まさか不動産投資がそのきっかけになるなど、夢にも思いませんでした。

【不動産×教育】を軸にした副業をしているサラリーマンなど、日本全国見渡しても希少ではないでしょうか?しかし、私がなぜ教育に携わりたいのか…
その理由は、次の章でお話ししたいと思います。

2、私の人生のゴール(目標)

●ひとりの人間として

まず結論から申し上げます。
私の人生のゴールは、【甲子園に行くこと】です

は?と思った方もいらっしゃると思いますが、私は本気です。55歳で高校野球の指導者となり、60歳で甲子園に出場してから、人生の最期を迎えたいと本気で思っております。

指導者として甲子園に行くという夢は、実は中学生の時から不変のものです。
その夢を叶えるためには、まずは高校の教員にならなければならない、そのためには教員免許を取得しなければならない、そのためには進学校に行かなければならない。その一心で、高校・大学と進路選択を行って参りました。
その甲斐あってか、高校野球での甲子園出場は全くの無縁で幕を閉じました…泣

私は、現在の仕事で営業成績がトップクラスとなったとき、自分自身の【次のステップ】について、本気で悩みました。

『独立起業して、不動産王になることか?』
何かピンと来ませんでした。そこで、今までの自分の人生がどういったものだったのか、何を目指して来たのかを熟考しました。
その結果…『オレには野球しかないわ❗️』
という結論になりました。野球に救われた人生を、野球で恩返しする。私の人生のテーマが確立された瞬間でした。
具体的に言えば、『甲子園に行きたい』。

そのためには、今のキャリアをより強固なものにして、人材育成とキャリア教育に携わる。組織と地域に貢献して、呼ばれる立場になって指導者になり、甲子園に行きたい。という未来を描くようになりました。
野球とキャリア形成のトップを目指す教育を学生に施すことができる。そんな指導者がいたら、私が中学生なら、私が中学生の保護者なら、きっとその指導者のいる高校への進学を夢見ることでしょう。
そんな想いで今の仕事に取り組む様になってから、なぜか、不思議と、より営業成績と仕事に対するモチベーションが上向く様になり、ついにトップの成績を収めることができたのです。

会社には怒られるかもしれませんが、出世ではなく甲子園が最終目標です。この記事内でだけ、こっそり言わせてください。笑

私がずっと教育に携わりたかった理由は、【サラリーマンから甲子園】が合言葉になったからだと、お伝えしておきます。

●サラリーマンとして

前述で、サラリーマンから甲子園へという目標を掲げておりますが、世の中そんなに甘くないと思っています。たかだか20年間プレーしていた野球バカなど、世の中ゴマンといます。そんな指導者として実績のない人間が、どうやったら指導者となれるか?しかも業として。
この、指導者を業とできるのかというところが私の中での疑問点です。せっかく今のキャリアを築き、生活の基盤を作れているのに、私の勝手な目標で家族を悩ますわけにもいかない。そこで、今のサラリーマンとしてのゴールの設定をしました。
それは、【企業チームを立ち上げ、都市対抗野球に出場する】です。

またもや、は?と思われる方が多いのではと思います。が、私は必ず実現できると思っております。今のキャリアにおいて、より会社に利益をもたらし、私のキャリアの根源が【野球】なのだと発信し続ける。発信し続けることで、社長や役員、もしくは自ら役員となって会社を巻き込み、企業チームを立ち上げる。指導者として都市対抗野球に出場することで、会社により大きな宣伝効果をもたらし、学生に目指される企業となり、野球でキャリアを形成したい学生の受け皿となり、地域の野球に貢献する。
副業でキャリア教育とコンサルに携わることにより、自らの教養と人脈という刃を研ぎ続ける。サラリーマンとしては、【営業マンから都市対抗へ】が最終目標です。
それが達成された後、必ず【サラリーマンから甲子園】が明確になるのではと思います。

【人生のゴール】を見据えることで、成長と結果が最大化する

私は、ただの野球バカだった自分がサラリーマン起業家としてのキャリアを形成できたのは、今回の記事で述べた【人生のゴール】を見据えることが出来たからだと確信しております。

スポーツをしている方やキャリア形成に悩まれている方は、自分自身の学歴、職歴や能力、性格、人脈を分析して熟考し、是非早い段階で【人生のゴール】を見据えてみてはいかがでしょうか。見据える時期が早ければ早いほど、成長と結果が最大化されるスピードが早く、より早いステージで幸せな人生に舵が切れるのではないでしょうか、ということを強くお伝えしたいと思います。

次回からは、私の生い立ちから、それぞれのステージでの『出逢い』と『挫折』と『野球に救われた瞬間』に焦点を当てて、記事を書いて参ります。またお会いできますことを楽しみにしております。

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