ばあばの食卓 〜テレピー物語①〜
慣れたはずの自宅。カレンダーは2ヶ月前のままで止まっている。
もう随分帰っていない気がするが、そんなものなのか。
2人目の出産を控え、臨月から実家で過ごし、産後1ヶ月ぴったりを経過した今日、自宅に帰ってきた。
上げ膳据え膳とはこのことで、食事の支度から、洗濯物まで家事全般を母が担ってくれていた。出産直後の身体は、下半身すべては一度ばらばらになったような感覚で、絶対安静で一生寝てたい気持ちなのに、全力で乳を求める赤子のために休んではいられない。ここに家事が加わり、さらに今回は5歳になる長男の世話がいる。
5歳になり、随分手が離れたと思ったが、まだまだ甘えたい盛りである。長男にも構ってやりたいが構いきれない。自分の体を支えるだけで必死、そこに生まれたばかりの赤ん坊の世話、余裕などあるはずもない。長男の甘えたい気持ちを受け止めてくれたのもまた、母である。
「おばあちゃん力」はあまりにも偉大で、自分が同じようにおばあちゃんの年齢になっても、そんなに尽くせるとは思えない。ただただありがたく、母の前では私も娘に戻って、ひたすらに甘えきった。
それが今日からは、全部自分でしなくてはならないのだ。夫はこの家で生活をし、仕事へと通っていたはずだが、カレンダーをめくったり、冷蔵庫の賞味期限切れには無頓着である。子や私への愛情の配り方は不足がない人だが、家事についてはそうでもない。一気に私の手元に生活のすべてが戻ってくる気がした。そのうちすぐに保育園の手配をし、私自身も仕事へと復帰の道が待っている。今日は手を抜ける最後の日。母がたっぷりと持たせてくれた手作りの惣菜入りのタッパを取り出し、食卓に並べていった。
「ねえ、ばあばとテレピーしよう!」長男が、私の袖を引っ張りながら言う。テレピーとは、いわゆるテレビ電話のようなもの。愛らしい卵のようなフォルムのスタンドに、アプリを入れたスマホを載せると、くるくると相手の操作で回すことができる。実家では、ばあばが用意してくれた食卓で、長男は毎晩ほくほくの笑顔だったので、私は気兼ねなく穏やかな気持ちで赤ん坊に向き合えた。この関係を自宅に戻っても続けられたら良いのに…。そう思った時に出会ったのがテレピーだった。少し母にはハードルが高いであろうアプリの設定を完了し、1台をプレゼント、1台を私たち自宅用に用意した。
「ばあばー!あ、じいじだー。あ、今日の晩ご飯はお魚だねー。」長男は、スマホを巧みに扱い、ばあば側のテレピーをくるくると動かしている。
「まー嬉しいねえ。こうやって顔見えるんだからさみしくないねえ。」、母は目を細めて穏やかな声を出す。
「ばあば、ぼく、ここに、いるよ。心配しないでね」長男が一丁前なセリフを言うもんだから、思わず吹き出した。