点滴


とあるニュースサイトの記事で「点滴針と採血針の違いは何か」といった話題を見かけ、ふと思い出した。

生まれて三十余年。幸いにもこのかた大きな病気や怪我をしたことがない。ただ、一度だけ点滴加療を受けたことがある。

それは数年前。当時、私は福祉業界で働いていた。高齢者の入居施設のため勿論シフト制だ。その頃は、何故だか退職者や人事異動が相次いだことでかつてない人手不足に喘いでおり、在籍している職員たちが超過勤務によってどうにかこうにか現場を支えている状況であった。日に日に募る、職員の疲労とストレス。
私も例外ではない。若造にも関わらず所属部署のリーダーを務めていた当時は、管理的な業務など実践的にこなせるわけもなく目の前の仕事に精一杯で、情けないが今にも潰れてしまいそうだったのを覚えている。

とある夜。家族に誘われ、気晴らしにと近所の居酒屋へ足を運んだ。ストレスフルな状況で酒を手にした、その後はもう言わなくてもわかるだろう。
翌朝、目が覚めて強烈な倦怠感と吐き気に襲われる。まさに世に言う二日酔いである。おかしいな、昨日呑んだのはビールとレモンサワーと……懸命に前夜の記憶を呼び起こすも、頭が働かない上余計に気分が悪くなる。家族も、そんなに呑んでたわけではないはずなのに、と言う。自身の肝臓を過信したツケが来たに違いない。
酔い醒めにとお茶を一口飲んだ途端喉が引き絞られるような不快感が襲い、一滴も嚥下できない。しかし、人が足りないのだから這ってでも仕事に行かなければならない。
葛藤の末、薄明るく閑静な早朝に、真っ青な顔のまま車に乗り込んだ。信号待ちの度、折り畳んだビニール袋を入れたポロシャツの胸ポケットに手を伸ばしては引っ込めることを繰り返した。
フラフラの様で出勤し、緩慢な動きで最低限の仕事をこなす。そんな中で、日勤者が早めに出勤してきてくれた。彼は年輩ながらもこの業界にわざわざ転職してきてくれた貴重な職員だ。日々真摯に仕事を覚えようと頑張ってくれているのだが、まだ独り立ちするには少し早いだろう、と言われていた。
「大丈夫ですよ。顔青いですよ、遅番さんが来るまで僕何とか頑張りますから上がってください」
そう言われても、申し訳無さと心許なさでなかなか白旗を上げられない。謝りつつ、仕事を続ける。
「うっ」
波が押し寄せるように何度も襲う悪心。トイレは一つしかなく迷惑だろうと思い、その度に浴室の洗面所に駆け込むが、目の前に鏡に映ったゾンビの様な風貌に吐き気が見事に引っ込む。

もう無理だ、と悟り、ギブアップ宣言をした。
「なんとか頑張ります。お大事にしてください」
と暖かく言葉を掛けてくれる彼に、遅番が出勤するまでの最低限の仕事内容を伝えながら丁重に詫びて退勤した。

今開いている病院は…と、携帯を開いて落胆する。この日は日曜日だったのだ。
しかし、捨てる神あれば拾う神もいるもので、地域の休日診療所が唯一開いていることを知った。もとはと言えば己の身から出た錆であることは重々承知していたが、どうにも辛くて仕方なく、職場を出たその足で診療所に向かった。
その診療所は、地域の開業医が輪番で担当している。この日は整形外科の開業医だった。怪我ではないのにいいのか?と思いつつ、受診することにした。
「ふうん、倦怠感と吐き気ね。水分は摂れますか」
と問われ、どうにも水一滴も飲めないと話す。
「じゃあ輸液しましょう」
話は早かった。私は奥の処置室に通され、点滴を受ける準備に入った。
翼状針が右腕の皮膚を貫く。ガートル台にはソリタのバッグが掛けられ、一時間タイマーを設定される。静かな処置室の気流が心地よく、私はそのままウトウトと天井を見つめたり目を閉じたりを繰り返していた。
タイマーが鳴ると看護師がやってきて抜針され
「気分は悪くないですか」
悪くないどころか。爽やかな気分で軽やかにベッドを降りる。
「良かった。大丈夫そうですね」
看護師は微笑み、空になった輸液セットを持って去って行った。
これまでの吐き気は何だったのだろうか。その喜びに、思わずその辺を駆け回りたくなった程だ。

当時は職業柄の腰痛を持っており、かかりつけ医で処方された消炎鎮痛剤を常用していた。奇しくも、鎮痛剤による胃へのダメージとストレスによる胃腸障害が重なっていることに気付かず飲酒をしたことで強い吐き気が引き起こされた可能性が高いとのことだった。

無鉄砲に鬱憤に翻弄されたことの罪深さを感じると共に、点滴の効果と有り難みを生まれて初めて痛感したひとときだった。

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