vol.14:今年いちばん会いたかった人に会えた話(に行くまでのまくらが長過ぎる話)
障害者家族エッセイストの川島田ユミヲです。
毎回端折っておりますが、このエッセイのタイトルは「世の中全員、障害者」と言います。
ざっくり言うと、ハードルがあるのは障害者だけじゃない。「俺たちは健常者だから」って言っているそこのあなたたちだって、仕事の対人関係だったり、家族の間でも仲が悪かったり、病気したり、大変な事(=ハードル)がたくさんあるでしょう?という意味を含んでいます。いきなりこの記事からお読み頂ける画面の前の皆さま、辿り着いて下さりありがとうございます。ご興味を持って頂けたら過去の回もお読み頂けると嬉しいです。
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私がこの「世の中全員、障害者」というエッセイを、本腰入れてちゃんと書くぞ、と決心したきっかけのお方。
作家の、岸田奈美さん。以下は奈美さん、と呼ばせて頂きます。
元々は奈美さんの著書「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」を知って( ↑ kindleの無料お試し版のリンクです。ご興味ある方はどうぞ )、色々辿っていくと、著書はnoteで書いたエッセイ集とのこと。noteを探して読んでみたら、めっちゃくちゃ笑える話、めっちゃめちゃ泣ける話、スリリングだけど最後にはほっこりする話、人間らしいちょっとドロッとしている感情の話、ほかにも私の拙い語彙力では伝えきれないほど、カラフルだった。おそらく今フジテレビでまだ「ライオンのごきげんよう」が放送されているならば、奈美さんはトークサイコロの6面どれが出てもすべて話せるぐらい、本当に色んな経験をしてきた人だろう。
奈美さんは前述した著書以降も、noteのエッセイを破竹の勢いで書籍化されている。web連載も持っている。日テレの朝の情報番組「スッキリ」のコメンテーターとしても出演していれば、今年はNHKで放送された東京パラリンピック中継番組ののスタジオコメンテーターとしても出演されていた。
日々のTwitterのつぶやきを読むたびに、noteの連載を読むたびに、TVでそのお姿を拝見するたびに
「…いつか必ずお会いしたい…!!」
と思っていた。奈美さんも私も「障害を持つ弟がいる姉」という共通点がある。しかし、そんな弟もそんな姉も、日本全国にごまん、ごひゃくまんごせんまんといる。それだけではこんなに焦がれない。
奈美さんのnoteをぜんぶ読んで、特に弟さんのお話、ざっくり一言で言うなら
バイブスが一緒。いや、バイブス、も!一緒!
だと、勝手に思っている。
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」
これは、私がきよはると二人三脚で暮らすことを決めた30歳の時に思っていたスタンスそのものだった。キヨが “家族だから” サポートをする、だけではない。キヨに、もっと楽しい人生を送ってもらいたい。かわいい弟に、もっと色んなところに連れて行って、色んな人に出会ってほしい。自分で言うのはこっぱずかしいが、これは愛なくしてできないと思う。
幸運なことに、キヨは私の事を信用してくれていて、あれしてくれーこれしてくれーと、わかりやすく態度や行動で示してくれる。ありがとうやごめんなさいの気持ちを、握手で示してくれる(と、私が一方的に感じているというか、そうであってくれたらいいな、と思っている)。
家族という括りでひとつ屋根の下一緒に暮らしてはいるが、これは “家族だから” というだけの話ではない。互助だ。私とキヨの互助会。それを奈美さんが、素晴らしくストレートな言葉で表してくれた。
たぶん私がキヨと小さな頃から仲良しでなければ、キヨの事をサポートしたい、とは思わなかったと思う。介護や介助は、必ずしも家族じゃなきゃいけない時代はもうそこにはないし、出来ないからと言って負い目を感じたり、しない選択を責められる時代でもない。やれる気持ち、やりたい想いがあればやればいいし、親きょうだいを自分の生活環境から遠ざけたい人は、やらなくてもいいと思う。もしくは、親きょうだいの一切を福祉サービスに託すための、様々な手続きのサポートをすればいいと思う。親になんと言われようと、親戚になんと言われようと、親には親の人生があって、あなたにはあなたの人生があるのだ。あなたの人生に親がいてほしいと思えば、親と共に生きる選択をすればいいのだ。
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」という奈美さんの言葉は、私の視界をクリアにした。それはそれはクリアに。奈美さんがnoteに綴る人に対する気持ち、人に接する気持ち、人に寄り添う気持ち、あえて人と距離を取る気持ち。それらが「もう…わかりみしかない…!」と感じるときや「私もそうでありたい…!」と感謝の気持ちになる事が殆どだ。
私は二十代後半から小説を書きたいと思っていた。小説を書くためにnoteのアカウントを取得したものの、日々の生活のに追われてプロットすら書けないまま、あっという間に時間がどんどん流れていった。
世の中の流れに対して思う事は彼是Twitterに書いたり、ただの自分語りをFacebookにしたためたりしていた。それらを褒めてくれる知人が何人もいた。腰が上がらず走りだせない “小説” というハードル走よりも、こうして現状書けている、スタートできている “自分語りのエッセイ” という持久走の方が、今の私には向いているのかもしれない。
ぼんやりそう考えていた時に出会ったのが、奈美さんだった。
おこがましいにもほどがあるが、私も奈美さんみたいになりたい。
バイブスは同じだ(と勝手に思っている)けれど、私は私の切り口で、文章を書いていきたい。「王様の耳はロバの耳」よろしく、自分の考えをnoteに書く事で気持ちを浄化させて、自己満足の自分語りでも、思っている事をどんどん書いていこう。万が一それが誰かの気持ちをあたたかくできたり、枯渇した心に水をあげられたら、めでたしめでたしである。奈美さんのnoteを読んで私の心があたたかく、潤ったように、知らない間に嬉しい連鎖があればそれでいい。
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ああ、まくらが長い。簡潔になんてまとめられない。もう少しお付き合い頂けたら嬉しいです…。
そんな岸田奈美さんが、ご自身の同人誌を手売りで販売するイベントがあるとの情報が飛び込んできた。
会えるの?!!!!!!奈美さん本人から、本が買えるの?!!!!!!!
そんなまたとないチャンスが訪れたのは、2021年11月23日。文学フリマ東京という、同人誌販売のイベントだった。
何としてでも、行くっきゃない!!!
祝日ともあって、弟同伴で参加。キヨは電車やバスなどの公共機関の利用が大好きなので、久しぶりの鉄分補給も兼ねて、浜松町より少し先の「流通センター駅」まで。
しかしこのご時世、催事では「マスク着用」がマスト。キヨはマスクトレーニングをしてこなかったため、マスクの着用ができない。時間をかけて頑張ればできるのかもしれないが、うーん。個人的な考えとしては、出来ない人がいても仕方がないと思っている。できない人も、あえてしない人も、みんな理由があるからだ(言い方難しいけど)。
なので、マスクをしない人に対して憤りはしないが、マスクをしていないキヨに対して、介助者の私に対して、憤る人は必ずいるはずなのだ。そんなにたくさんではないが、バスの運転手さんに
「マスクの着用は可能ですか?」
と言われた事はあるし、電車で座席に座ったら、一人分空けた先に座っていた人がスッと席を離れていったこともあった。そりゃ嫌だよね、マスクしてないんだもん。すみません、としか言いようがない。でも、ずっと家でじっとしていられない弟なので、外出して少し身体を疲れさせないと、持病のてんかん発作が出てしまう。持病以外は幸いなことに、年に一度風邪を引くか引かないか、というほど健康体なので、とにかく免疫力の向上を目指して、毎日朝「R-1ヨーグルト」のドリンクタイプを飲ませ、鉄壁の身体を維持している。緊急事態宣言中は公共交通機関の長時間利用はせず、遠出しないようにしていた。とにかく人が少ない(車通りが多い)道をひたすら歩くなど、マスクができないなりの休日の過ごし方をしてきた。
でも、だ。感染者数が激減した時期のイベントとは言え、どうにかした方がいい。キヨをウィルスから守る事もそうだが、キヨが周囲の人に嫌な思いをさせ、よしんば口撃されないために。
そこで実装したのが
マスク着用が難しい人が身に着ける、ヘルプマークとはちょっと違うのですが、意思表示マークである。
HPから印刷して、パターンを選べる。キヨの場合は持たせるカバンにつけてもいいんだけど、なるべく身につけるものに、見えやすい位置に付けるのが良いだろう。名刺サイズの意思表示マークを首にぶら下げるのはすぐ取ってしまいそうなので、帽子に付けてみた。
八百屋さんか魚屋さんみたいになった。笑
市場で、高級マスクメロンか初モノの本マグロを競り落としそうな風情だ。
これで多少なりとも。多少なりとも、憤る人が少なくなる。なりますように。そう願いながら、電車に乗っていざ会場へ。
2021年11月23日。いちばん会いたかった人に会えて幸せ半分、しかし後悔半分の一日になった。
続く。
ハードルがあるのは障害者だけじゃない。「私たちは健常者だから」と言うそこのあなただって、職場や家族間での対人関係だったり病気したり大変な事(ハードル)が沢山あるでしょ?という意味で、エッセイのタイトルは「世の中全員、障害者。」と言います。おススメ&サポートして頂けたら嬉しいです。