コラム:悪魔の「除くクレーム」

 さて、今回のコラムのタイトルは「悪魔の「除くクレーム」」という何とも恐ろしいタイトルであるが、「除くクレーム」自体が悪魔だと言いたいわけではなく、「除くクレーム」には悪魔のような使い方があることをここでは紹介したいと思う。

 最初に述べておくが、本コラムの目的は警鐘である。

 私はここで、悪魔のような「除くクレーム」の使い方を紹介するが、使用して欲しいから紹介するわけではなく、決して使わないで欲しいから紹介するのである。そのため、本コラムをご覧いただいた方も、ここで紹介する「除くクレーム」の使用法を決して使わないで欲しい。

 この使用法は、現行の特許法の条文ではおそらく止められないため、審査段階で止めることは難しいだろう。しかしながら、この使用法で「除くクレーム」が使われることは道義的に許されるべきではなく、止めなければならないことは直感的に理解できるはずである。

 放っておいても誰かはこの「除くクレーム」の使い方に気付くだろうし(既に気付いている人がいてもおかしくない)、この使用法は29条の拒絶理由を容易に解消できてしまうため、道義的にダメとわかっていても知れば使いたくなる人が出てくるだろう。そうなると周囲も乗っからざるをえず、悪魔の「除くクレーム」が横行する事態になるかもしれない。
 そして、誰かが訴訟を起こし、悪魔の「除くクレーム」の是非を裁判所に問うことになる。裁判所は、道義的に認めるべきでないと感じるだろうから、何らかの法理を持ち出して、この使用法による「除くクレーム」を封じるはずである。その結果、大量に残った悪魔の「除くクレーム」の特許権は全てが使い物にならなくなり、クライアントが甚大な損害を被るかもしれない。
 このような顛末もあり得ないではないため、今回警鐘を鳴らすことで、私は未然に防ぎたいのである。

 本記事を読んで私の考えに賛同いただいた方には、是非とも周囲に警鐘を広めていって欲しい。

 さて、前置きが長くなったが、私が紹介する「除くクレーム」の使用法は至ってシンプルなものであり、端的に言えば「主引用発明に必須の構成を除いた「除くクレーム」」である。

 「主引用発明に必須の構成を除く「除くクレーム」」なんて、ずっと前からされているし、よくある「除くクレーム」ではないか、と思った方も多いだろう。

 2023年度に特許委員会第2部会が行った「除くクレーム」の研究でも、29条に対する除くクレームの類型として、このような類型(主引例の必須構成を除く場合)が紹介されている。(弁理士会のe-learningから見ることができるため、弁理士で興味のある方は見てみるとよい。)

 しかし、私がここで紹介するのは、「本願発明と関わりのある構成であると否とにかかわらず、主引用発明に必須の構成を除く「除くクレーム」」である。もっと言えば、「本願発明と関わりのない構成であって、主引用発明に必須の構成を除く「除くクレーム」」である。

 真っ当な実務家であれば、「除くクレーム」を検討するときには自然と「本願発明の構成」に関連する部分を除くことを検討するだろう。
 例えば、本願発明が構成Bで、本願明細書には構成B1の実施形態が説明されていたとき、引用文献に開示される発明が「構成BはB2であること」を必須とする発明であれば、本願発明における構成Bを構成B1に補正する代わりに、構成B(但し、B2を除く)と補正することを検討する。これにより、B2でさえなければ、B1以外の構成Bも権利範囲に含めることができる。
 また例えば、本願発明が構成A+構成Bであり、本願明細書には構成Bが構成Aの上に直接設けられている実施形態が説明されていたとき、引用文献に開示される発明が「構成Aと構成Bの間に構成Cが介在すること」を必須とする発明であれば、本願発明において「構成Bは構成Aの上に直接設けられている」と補正する代わりに、「(但し、構成Aと構成Bの間に構成Cが設けられている場合を除く)」と補正することを検討する。

 我々の脳は、その良識から自然と、除くクレームによって除こうとする対象を「本願発明に関係する技術」の中から選択しているのである。

 だが、この良識のリミッターを外したらどうなるか。

 出願人側は、本願発明がどのような発明かを気にすることなく、ただ一途に「主引用文献における必須の構成は何か」を探すことになる。そして、引用文献には発明が開示されている以上、そこには何らかの「必須な構成」がある蓋然性が高い。

 例えば、下図のように、本願発明と引用文献における発明の課題が一致していなかったとしよう(本願発明は課題1、引用文献は課題2)。また、本願発明に対応する構成は引用文献にも開示されていて、本願発明と同様の効果が奏することも記載されている(本願には、効果1の発生によって課題1が解決されることが記載されている)。一方で、引用文献には、課題2を解決するものではないが、構成A~Cにより効果1が発生することは説明されている。そして、効果2の発生によって課題2が解決されるため、引用文献においては構成Xが必須であったとする。

 この場合、引用文献には「構成A~Cを備える発明」が開示されているため、本願発明は「新規性がない」として29条1項により拒絶されることになる。

 しかし、「除くクレーム」によって、本願発明と技術的に全く関係しない「構成X」を除く補正がされた場合、本願発明の審査はどうなるか。

 構成Xが本願発明に全く関係のない構成であるとすれば、構成Xの有無は、本願発明の評価に何らの影響も与えないため、構成Xを除くことによって、何らかの新たな技術的事項が導入されるといは言えなくなる。従って、この補正が「新規事項の追加」に該当すると判断することはできない。

 それでは29条の拒絶理由についてはどうなるか。29条については、構成Xを必須とする発明を主引用発明とした場合に、当業者は、この主引用発明から「構成Xが含まれない発明」に想到することができないため、拒絶理由が解消することになる。

 このように、除くクレームによって除こうとする対象を本願発明に関係する技術の中から選ぼうとするのではなく、そのリミッターを外して、引用文献の記載から自由に選んでしまえば、たとえ本願発明が引用文献に記載のない付加的技術を有していなかったとしても、29条の拒絶理由はいとも容易く解消してしまうのである。

 果たして、このような「除くクレーム」の使用法は許されるものなのか。

 進歩性の判断が「主引用発明から出発して、本願発明に容易に想到するか」という判断の仕方になっているため、当業者が主引用文献の記載から認識する主引用発明はどうしても主引用文献に記載される課題に引っ張られてしまう。

 上記の例でも、「除くクレーム」に補正する前の本願発明に対しては、引用文献における課題2に関係しない「構成A~Cを備える発明」が認定されており、この時点では、引用文献の課題2に引っ張られることなく引用発明が認定されることになる。
 しかし、補正によって「構成Xを備える形態」が除かれることで、それまで進歩性判断の要素とされていなかったはずの構成Xならびに課題2が突如として浮上してくるのである。そして、本願発明とは何ら関係のない「構成Xを備えるか否か」によって、本願発明の進歩性判断が決せられる。

 なお、補正前の本願発明に対しては引用発明として構成Eを切り離した「構成A~Cを備える発明」が認定できたのであるから、補正後においても「構成A~Cを備える発明」を認定してよいのではと考える人もいるかもしれない。しかし、補正前の本願発明に対する引用発明の認定において構成Eが含まれないのは、本願発明との「過不足のない認定」による帰結にすぎず、引用文献が「構成Xを備えない発明」を開示しているわけではない。引用文献に開示されているのは、構成Xを備えない発明ではなく、「構成A~C+構成Xを備える発明」であり、本願発明がオープンクレームであるならば、本願発明の「構成A~Cを備える発明」の権利範囲には、「構成A~C+構成Xを備える発明」も含まれているといえるため、過不足のない認定として「構成A~Cを備える発明」を認定することも許容されるのである。

 構成Xが構成A~Cのいずれかと技術的に関連するような技術的事項であれば本願発明から構成Xを除くことも納得できる(上記の例における構成A~Cのいずれかに関する技術的事項か、これらの構成と密接に関わる技術的事項)。
 なぜならば、構成A等に関連する技術であるならば、そのような技術を備えることなく(用いることなく)発明を実現するという行為には、本願発明そのものの創作的価値が認められるからである。つまり、関連する技術的事項は、構成A~Cを備える発明に対し、何らかの影響を与えるものであるから、構成Xを備えるか否かは、これによって創作される発明の実体的な評価にも影響を与え得るのである。

 例えば、構成Aと構成Bが互いに接合している場合に、接着剤を用いて接合するか、接着剤を用いることなく接合するか(直接接合するか)は、その技術的な内容において大きく異なる。
 また例えば、ある化合物Aと化合物Bを混合して化学変化を起こさせるときに、触媒を用いるか用いないかは、化学反応や生成される化合物にも影響を与え得る。

 だが、本願発明と技術的に関連しない技術的事項を“備えない”ことは、もはや本願発明を評価するものとは言えない。単に、上述した進歩性判断の枠組みと、「除くクレーム」という記載の性質を利用し、技巧的に「進歩性判断に用いられた主引用文献を判断材料から外す」ことだけを目的とした、「悪魔の除くクレーム」である。

 上記の例では、引用文献においても、「構成A~C」と「構成E」は切り離すことができるのであり(∵それぞれ別個に効果が発生している。)、引用文献には本願発明である「構成A~C」と同一の発明が開示されている。本願によって開示された発明には新規性がなく、何ら産業の発達に寄与するものとはいえないのだが、それにもかかわらず、ただ「引用文献からは構成Eを除くことができない」との一事によって本願発明の進歩性が認められるという結論が、道義的に正しい結論でないことは、皆さんも素直に感じるところではないだろうか。

 従って、私は、除くクレームの目的が「本願発明の発明内容の評価」に向かうものであれば問題ないが、そうでないならば認めるべきではないと考えている。(どのように「本願発明の発明内容の評価」に向かうものか否かを判断すべきかという問題はあるが)

 しかしながら、裁判所の敷いた「新規事項の追加」の要件である「新たな技術的事項の導入」は、私の考えとは性格的に反対に位置する要件である。なぜなら、本願発明から離れれば離れるほど、そのような構成(技術的事項)は、本願発明に何らの影響も及ぼさないため、「新たな技術的事項を導入するもの」とは言えなくなり、本願発明に近い技術的事項ほど、本願発明に何らかの影響を及ぼすものとなるため、「新たな技術的事項を導入するもの」と判断される可能性は高くなるからである。

 これは、新規事項の追加のみでなく、実施可能要件やサポート要件などの記載要件にも同様のことがいえるだろう。本願発明に関係のない技術的事項を備えない発明を実施することは容易いし、当該技術的事項を備えようが備えまいが課題は解決されることになる。

 このように、現行法が用意している法の枠組みには「悪魔の除くクレーム」を止められる法整備は用意されていない。審査官にしても、審査基準に規定されていない以上、何らかの拒絶理由によって「悪魔の除くクレーム」を排斥することはできないだろう。

 しかし、道義的な結論として誤っている発明に対し、現行法の網の目をかいくぐったような特許権を成立させることは到底容認できることではなく、私が裁判所ならば、以下のように判断し、信義則に反するとして処理するだろう。

「法1条ならびに29条の規定によれば、特許法は、それまで世に知られていなかった新規な発明を公開した特許出願に対して特許権を与え保護するものであり、特許出願によって開示されて権利の保護が要求される発明が新規なものといえない場合に、そのような発明にまで特許権を与えるものでないことは明らかである。このことは、新規性のない発明だけでなく、進歩性のない発明においても変わるところはない。そうすると、実質的にみて、既に公知となっている発明に対して本願発明が新規性または進歩性を具備しないことが明らかであるといえるにもかかわらず、公知発明の根拠となる文献に特有の事柄を持ち出し、当該事柄に関する技術的事項を本願発明が具備しないことを「除くクレーム」によって特定することで法29条の拒絶理由の解消を図るが如き行為は、上記の特許法の趣旨を潜脱するものであり、信義則に反し許されないものというべきである」

 もし「悪魔の除くクレーム」に対する特許の無効が訴訟で争われれば、私は、高い確率で、裁判所も同様の結論を導くだろうと信じている。だからこそ、私がこの場で「悪魔の除くクレーム」を紹介することは、決して「悪魔の除くクレーム」を薦めているわけではなく、「悪魔の除くクレーム」を使ったところで裁判になれば認められないのだから使うべきではないという警鐘になるのである。

 発明者、出願人となる企業、及び企業知財を含めた実務家の皆さんには、是非とも「悪魔の除くクレーム」の使用を自重して頂きたい。訴訟で無効になる可能性が高いとしても交渉材料にはなるから、見せ球にはなるから、相手の威嚇にはなるから、裁判費用を考えれば泣き寝入りさせられるから、そういった考えで「悪魔の除くクレーム」に手を染めることのないことを願うばかりである。

 また何よりも、特許庁や弁理士会などの専門的な有識者が、審査基準を改定するなどの行政的対策により、紛争が起こるのを待たずして事態の発生を未然に防ぐ法整備を整えることが、重要かつ適切な対処ではないかと思う次第である。

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弁理士X
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