リパーゼ判決と特許法70条2項の整合

割引あり

今更ながら、と思う方もいるような、古い議論であるが、今回は、リパーゼ判決と特許法70条2項の整合について、個人的な見解を述べたいと思う。おそらくであるが、私の見解、というよりは、この議題を捉える視点は、これまで同議題について述べられた種々の論考のいずれとも異なるものであろう。

リパーゼ判決は、特許法70条2項との関係で、よく問題視されていた。(参考として、※1;辻本 良知「発明の要旨認定と技術的範囲の確定におけるクレーム解釈について」(パテント2012 Vol. 65 No. 3)、※2;塩月 秀平「発明の要旨認定と技術的範囲確定 ーリパーゼ判決を振り返るー」(パテント2013 Vol.66 No.10)、などがある)

リパーゼ判決は、新規性/進歩性の審査における「本願発明の認定」について述べた最高裁判決であるが、この内容が、特許発明の技術的範囲(権利範囲)の解釈について規定した特許法70条2項の「原則」と異なっているため、ダブルスタンダードが指摘されることが多い。

釈迦に説法ではあるが、初学者も読まれることを想定し、おさらいをする。

審査における「本願発明の認定」は、その字の通り、本願の請求項(特許請求の範囲)に記載された内容が、どのような発明を表しているのかを認定するプロセスである。
常識的に考えれば、請求項は、権利内容を規定するものであるため、請求項によって表された発明内容を超える権利が認められることも、請求項によって表された発明内容よりも狭く権利が認められることも、不当である。
審査を経て、特許性があると認められた請求項であるならば、そこに現れた発明内容の全てが、権利として認められるべきであるといえよう。
特許発明の技術的範囲とは、その特許発明の権利範囲といえるため、従って、審査において認定される「本願発明」と、審査を経て特許性が認められた特許発明の「技術的範囲」は、原理的に考えれば、等しくなるはずである。

なお、原理的に、と言ったのは、均等論を考慮してのことである。均等論はそもそも、明細書に記載されている範囲の外にまで、権利範囲を拡げてよいかの議論であるため、均等まで含めた「技術的範囲」が、認定される「本願発明」よりも拡張されることは当然の帰結である。ここでは、均等論のような特別なケースは除いて話を進める。

それでは、「本願発明」はどのように認定すべきで、また、「技術的範囲」はどのように認定すべきか。前者を判断したのがリパーゼ判決であり、後者を規定するのが特許法70条2項である。

リパーゼ判決は、「(本願発明)の要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」と述べた。

一方で、特許法70条1項は「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定し、2項は「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定している。

このように、リパーゼ判決では、「原則」が、明細書の記載は参酌せずに請求項の記載に基づいて認定するとされ、特許法70条2項では、「原則」が、明細書の記載及び図面を考慮して請求項の記載(用語の意義)を解釈するとされているため、原則の考え方が大きく異なっているのである。
また、リパーゼ判決には、「例外」として、特段の事情がある場合、が挙げられているが、特許法70条には、このような例外は定められていない。

原理的に「本願発明の認定」と「特許発明の技術的範囲」は同じはずであるにもかかわらず、その解釈手法が大きく異なっているという点が、ダブルスタンダードとなっており、これらの結論に矛盾が生じるのではないかという点が懸念されている。

しかしながら、私は、これらの規範および法規は、矛盾することなく、いずれも適当に作用するものと考えている。
以下では、「本願発明の認定」と「特許発明の技術的範囲」のそれぞれのルールが、特許法の体系の中で、互いに衝突することなく、合理的に成立するような解釈が可能であることを説明する。

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