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医師の矜持
我が街のクリニックは田舎街にありがちな、のんびりとした静かな心療内科ですが、今回ご紹介するのは 我が病院の院長先生です。
年齢は私よりひとつ下ですが、クライアントが院長先生を舐めてかかろうものなら黙っていない!
我々、デイケア通所者の中では「怒らせたら大変!」というウワサが常にあるものの、普段は紳士で穏やかな男性医師です。
いまでこそ小さな町医者ですが、この院長先生はかつて北海道内の大都市の大病院で医長をしておられたというエリート。
ひょんなことから、この街の俗に言う「山の病院」と言われる山の中の病床数300くらいの中堅病院の副院長に就任しました。
やがて、この山の病院は病院長が引退して亡くなり、この副院長先生が自動的に院長に就任することになったわけです。
院長就任後、この医師が真っ先に着手したのは職員の意識改革でした。
前任の院長時代は黙認されていた職員から入院患者への暴行を一切禁じましたし、患者の食べる院内食の見直し、さらに院内において改革、改善ができる事例について職員報告を義務化しました。
これには患者も職員も驚きました。
患者が3度の食事のことを「エサ」と嘆くほど酷かった食事がまともなモノに変わり、やりたい放題が当たり前だと仕事をナメていた職員は恐怖におののいたのです。
前院長が黙認していた患者への暴行も患者が週に一度ある回診のときに訴えると、この院長が直ぐに職員を叱責することで治まるようになりましたから、荒みきった院内の風紀が改善されましたし、私のような軽度の統合失調症患者には(家族が街の中にいるならば)一週間のうち毎週末に外泊(帰宅)を許可するなど、かつては閉じ込めるだけだった入院患者に対して一定の自由を認める英断を下しました。
そして、市内の中心部に新しくデイケアセンターを新設する、という目標を立案したのです。
しかし、思わぬところからクレームが入ります。
この病院を運営する医療法人の上層部からでした。
いままでどおり、患者を囲い込んで入院措置を続ける方針を上層部は院長に強く求めたそうです。
「精神障害者は医療における搾取(さくしゅ)*の対象」という旧い方針に対して一本気なこの院長は猛反発!
経営陣の代表者が院長の自宅に押しかける騒ぎとなりました。
双方、テーブルを叩いての大激論になったと言います。
我々、クライアントはその現場に立ち会った訳ではありませんが、入院患者の為に身体を張った この院長の侠気(おとこぎ)に私は言葉にできない感謝が溢(あふ)れます。
結局、院長は借金を覚悟の上でこの医療法人を脱会し、自らの手で理想の心療内科クリニックを立ち上げ今日に至る、というわけです。
院長の診断で自由を得た多くのクライアントがこの新クリニックに移籍しました。
この院長先生は大変合理的で柔軟な方針を持っておられます。
かつての成功体験から一世代も二世代も古い薬にこだわる医師も大勢いる中で、積極的に新薬をクライアントに投薬してダメなら直ぐに切り替える手間を厭わない点はとても素晴らしいと思いますし、クライアントがデイケアで食べる弁当の中身が悪いので善処してほしいとリクエストしたときには病院からの金銭的な持ち出しも承知の上で 街いちばんの仕出し店から取り寄せるように手配してくれたりもしました。
病院の収入だけを考えるなら、札幌や旭川のような大きな街で開業したほうがよほど収益があるはず。
しかし、この院長はカネよりも信用を選んだのです。
これは なかなか出来ません。
大病院から田舎街の中堅病院へ都落ちし、その病院すら追われた.….….….….…
しかし、それでも この院長は医師としてのプライドを優先した。
「天地に誓って医師である以上、常に患者の側に立つ」
それが、この医師の矜持(きょうじ)。
こんなドクターに診察してもらえるクライアントはまさに幸福です。
*虐待すること。利益を吸い上げ、シボりとること。
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