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思い出の患者さん

ふつうの病院が手当てのみの治療院だとするなら、心療内科や精神科の入院は人生の分岐点のようなものかもしれません。

大半の場合、長期の入院に伴って仕事を失い、家族とも離婚や別居という形をとって決別しなければならないからです。

三ヶ月から一年、時には二年、三年を狭い閉鎖病棟の中で寝起きをともにするわけですから、思い出に残る患者さんは本当にたくさんおられます。

ホステスを長く勤めていたという、三十代のNさん。

閉鎖病棟でいちばんお洒落で、右胸の上に薔薇と蝶の刺青がありました。

元の旦那さんとの間に中学生の男の子が居て、子供の話をよくしていたものです。

ホステスらしくとても気遣いができる女性で、私が家内に院内の公衆電話から電話をするときは いつも順番を譲ってくれたものです。

学校を出たあと、ススキノに出てホステスとなって夜の世界におられましたが、彼女は薬物に蝕(むしば)まれました。

2度の逮捕と1度の懲役。

放免されたあと直ちに精神科に入院となって、まさに拘禁一筋........

そんな彼女が病院の食堂でお茶を飲みながらしみじみ言っておられました。

「仕事がとても辛かった。店のトイレで泣きながら(薬物を)打っていた...................」と。

何があったかはあえて聞きませんでした。

華やかなネオンサインの中で、浴びるようにお酒を飲んで負けん気の強い女の世界をひとり生きて来た。

それが本当にこの一言に顕れているような気がしたものです。

胸に刻んだ薔薇と蝶の入れ墨は負けない自分を鼓舞する心意気だったのでしょう。

いまはもう、彼女はこの世におられませんが、私の思い出に残る患者さんのひとりです。

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