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スタートアップと意匠・デザイン

(1)スタートアップにとっての意匠権とは

 意匠権とは、物品又は一定の要件を満たした画像の特徴的なデザインに対して与えられる独占排他権である。
 昨今のデザイン経営への注目等、事業戦略におけるデザインの重要性が高まっている現在 、デザイン保護に資する意匠権は以前にも増して活用されていくはずであり 、スタートアップも積極的に意匠権を活用していくべきである。

 また、これまでは、意匠権は物品(有体物である動産)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものを保護対象としてきたため、意匠権は、伝統的にはメーカー等のものづくり系の企業が主な活用主体となっていた。

 しかし、意匠法や審査基準の改正により、徐々に画像の保護が図られるようになり 、令和元年改正法により、(a)物品に表示されていない画像(例:壁に投影されるプロジェクターの画像)や、(b)物品に記録されていない画像(例:PC等のデバイスに保存されないウェブ画像)等、画像の保護がさらに拡充されることとなった(改正の概要をまとめたものはこちらを参照)。
 以下では、多くのスタートアップに関わる画像についての意匠権について述べる。

(2)活用例

 まず、デザインを重要視し、意匠権を有効に活用する代表的な企業であるAppleが、日本の意匠権に相当する米国のDesign patentを活用した事案であり、意匠権の影響力をイメージするのに参考になる事案の1つとして、Apple Inc. v. Samsung Electronics Co.が挙げられる。AppleとSamsungがスマートフォンに関する特許等の侵害を巡り、2011年より世界各地で訴訟が起こされ、2018年に和解にて終了した事件である。この事件の中で、Appleは米国において、スマートフォンの特許のみならず、Design patentの侵害の有無及び侵害した場合の損害額も大きな争点の1つとなり、2018年にはサンノゼの米連邦地方裁判所がSamsungに対し、約5億3900万ドル(約590億円)の支払を命じた。この賠償額の内訳は、約5億3330万ドルがAppleの3件のDesign patent(以下の図参照)を侵害したことに対するものであり、残りの約532万ドルは機能に関する特許の侵害に対するものであった。

画像1

[D604,305 アイコン配置関係]

画像2

[D618,677 iPhoneの筐体前面]

画像3

[D593,087 iPhoneの筐体の前面枠]
 このように、意匠権侵害は、時には特許権の侵害よりも高額の賠償金にも繋がりうるものとなるのである。

(3)令和元年改正

 上述のとおり令和元年に成立した改正意匠法においては、物品に記録されていないクラウド上に保存されてネットワーク経由で表示される画像等も意匠権の保護対象となる(「天気予報」に関するサービスを例にとると、改正前は、天気予報アプリやその表示画像がスマートフォンにインストールされている必要があったが、改正後は、スマートフォンからウェブサイトにアクセスし、天気予報サービスを利用する場合に表示される画像も保護可能となりうる。)等、デザインの保護を拡充するべく、複数の項目において改正がなされた 。

 多くのスタートアップとの関係では、画像デザインの保護の拡充が最も影響が大きい改正点であると考えられ、これまで日本において意匠権を活用した知財戦略はあまり論じられてこなかったところではあるが、上述のApple Inc. v. Samsung Electronics Co.のように、ものづくり系ではないスタートアップも、今後は意匠権の活用可能性を検討せざるを得ないといえよう。

(4)意匠権を取得するには

 意匠権は、特許権及び商標権と同様、権利を取得するためには意匠出願をする必要がある(意匠法6条1項)。そして、特許権と同様、新規性があることが登録要件の1つであるため(意匠法3条1項)、プロダクトやサービスのリリース前に出願手続を完了させておく必要がある。そのため、後述(7)のデザイン管理で述べるように、商品設計の段階からリリースまでの間に意匠出願すべきか否かを検討する機会が確保できるよう、デザイン管理の工程を定めておくことが有用といえよう。
 出願後どの程度で特許庁による出願内容の審査がなされるかについては、特許庁のウェブサイトで公開されている 。

(5)意匠権の効力

 意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を占有する(意匠法23条)。したがって、他者が、意匠権者の許諾なしに、登録意匠と同一又は類似の意匠に係る物品の製造、使用、販売等を行う場合は、その者に対して、意匠権侵害を理由とした損害賠償請求(民法709条)や、意匠権を侵害する行為の差止等(意匠法37条)を請求することができる。

(6)知財ミックス

 なお、意匠権は他の知的財産権と組み合わせて活用することにより、その活用可能性を高めることが可能となる。

 例えば、意匠権と特許権を組み合わせて権利行使がなされた例として、知財高判平成22年7月20日(平成19年(ネ)10032号【溶融アルミニウム合金搬送用加圧式取鍋事件】)がある。同事件においては、1審判決(東京地判平成19年3月23日判タ1294号183頁)で特許権侵害が認められており、控訴審において設計変更を行い、侵害を主張されていた特許権のうち2件の特許権は非侵害との判断が下されたものの、設計変更後においても意匠権を侵害する旨判断された。

 このように、複数の種類の権利でポートフォリオを構築することにより、コンペティターの設計変更等による権利侵害回避を困難とすることは知財戦略において重要な視点である(いわゆる知財ミックス)。

(7)デザイン管理

 プロダクト・サービスのデザイン(UIを含む)を設計するにあたっては、①他社の意匠権を侵害しないようにすること、及び②自社の強みを意匠権により保護することの可否及び活用する場合の戦略構築が重要となる。

 そのため、事業戦略を構築する段階や技術やデザインを創作する段階においては、自社の強みをどこに設定するかを検討する過程で、当該強みと関連して特許・意匠・商標等を活用することができるのかを検討する必要がある。

 また、これと並行して、他社の意匠調査を行うことで、他社の意匠権(場合によっては立体商標や不正競争防止法にも留意)の侵害を回避しつつ、自社の独自性を出しながら意匠出願の可能性も検討する必要がある。

 したがって、適宜外部専門家等を活用しつつ、これらのプロセスが、事業戦略構築・商品企画の初期段階からプロダクト・サービスのリリースまでに検討される体制を構築することが重要となろう。

 具体的な出願戦略等については、後日紹介することとする。

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」

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