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リコピンちゃん
だいぶ前のこと。
野菜を題材にしたショート・ストーリーを頼まれて、
ところが企画そのものが無くなったので、そのままにしてあった物語。
もともと、私はお話を書くタイプではない。
お話が浮かばないタイプ。
それでも、自分の中から出てきたノベルということで、
ここに置いときましょう。
お題は、<野菜>
では、🌟~ はじまり、はじまり ~🌟
トマトス一家が“ベジタの地”にやってきたのは、ほんの数日前。
幾度もの朝日を迎え、何万キロもの海を渡ってやってきました。
オリーブの木に囲まれ、土の匂いがかぐわしいベジタの地。
今日も、太陽が両腕を広げて、この地を燦々と照らします。
一家のひとり娘・リコピンは、ベジタの景色をひと目見て、ここが大好きになれそうな気がました。
「何か素敵なことが起こりそう」
そう思うと、ベジタの地はいっそう輝いて映りました。
ベジタの地へ移り住むと知ったときのリコピンは大騒ぎでした。
「絶対にイヤ! そんなところ、好きになれないに決まってる」
知らない土地へ行くのも不安でしたが、何よりも、大好きなおじいちゃんと離ればなれになるのがイヤだったのです。
青空が陰るほどのおお泣きをするリコピンに、おじいちゃんは言いました。
「リコピン、わしはいつもお前のことを思うておるよ。
お前のほっぺは太陽の色。
だから、太陽を見るたびに可愛いほっぺを思い出すさ」
そして、こうも言いました。
「先のことを決めつけてはいけないよ。
知る前から怖がっていては、
素晴らしいことが、ざわざわ虫に食われちまう」
「おはよー、ラッヴ!」
リコピンは、今日も明るく太陽に投げキッス。
眩しい光を深呼吸すると、ステップを踏まずにいられません。
ツルツルほっぺをピカピカの赤に染めて、笑い転げてしまいます。
「くふふ、くはははは」
真っ赤な笑い声をベジタの風がすくっていきます。
代わりに、風は木々のそよぐ歌を落としてくれます。
「ん? ラッパの音?」
神妙な顔つきで耳を傾けるリコピン。
「悪くないけど、なんだかなあ」
不思議と、オリーブの木々の歌声が、
いつのまにか聞こえなくなっていました。
「やあ、リコピン、元気かい?」
親戚のナスペッキーニおじさんです。
「おじさん! 今ね、ラッパが聞こえたの」
「ああ、オリッチオだな。
ベジタ祭で披露するトランペットを吹いてるのさ」
「お祭りがあるの?」
リコピンは、ますますほっぺを輝かせました。
年に一度のベジタの祝祭。
選ばれた若者が、
太陽を讃えるペットを吹くよ。
ベジタの地を守る老木オリヴァ。
高らかな音色がオリヴァを揺さぶれば、
歓喜の滴がしたたり落ちる。
金の滴が、オリヴァの泉に命を与える。
「ねえ、おじさん、オリヴァを揺さぶることができなかったら?」
ナスペッキーニおじさんの顔が、少し曇りました。
「リコピン、できないなんて考えちゃならんよ。
ざわざわ虫に食われるぞ!」
「え?」
おじさんは、リコピンのほっぺを軽くツンツンとノックして行ってしまいました。
空を見ると、太陽はさっきよりもうんと高いところで、
大きく腕を広げています。
「何か素敵なことが起こりそう。
ざわざわは飛んでけ!」
リコピンは、ラッパが聞こえてきたほうへと走り出しました。
オリーブの木陰に、トランペットを手に座り込んでいるオリッチオ。
リコピンは、思い切って真っ赤な笑顔で声をかけました。
「こんにちは!」
ハッとした様子で、オリッチオが顔をあげました。
静かで端正な顔だちに、緑の髪がさらさらしています。
「あたし、リコピン。あなたがオリッチオ?」
「……」
「祝祭でラッパを吹くんでしょ? 調子はどう?」
「あ……ん」
『テンションひく~い』
リコピンは、話しかけなければよかったと思いました。
すると、
「こんな真っ赤は見たことない」
とオリッチオがぽろりと言いました。
一瞬、目を見開いたリコピン。
「真っ赤で悪かったわね!」
「あの子のほっぺは、なんて素敵な赤だろう。
なのに、あんなに怒らせちゃって」
肩を落とし、小さくなるリコピンの後ろ姿を見つめるオリッチオ。
「真っ赤なほっぺは太陽の色。
太陽がくれた真っ赤なほっぺ」
気まぐれ緑猫が、
調子っぱずれな歌におどけたステップで現れました。
「おいおい、そんな顔は太陽と不釣合いだぜ。
やるとなったら、やるだけさ!
ざわざわ虫に、素晴らしいことを食われちゃうぜ」
「あの子のほっぺは、太陽の色か!」
決心するようにトランペットを構えたオリッチオ。
空高く、太陽はカラカラと笑い、
オリーブの木々が、また、さやさや歌い始めました。
いよいよ祝祭の日。
あれほど怒ったリコピンでしたが、
ずっとオリッチオのことが気になっていました。
突き抜ける青空のもと、
オリヴァの木に集まったベジタの住人たち。
トランペットを持って、オリッチオが前に進みでます。
「大丈夫よね、きっと大丈夫!
とても素敵なことが起こりそう」
祈るリコピンを、オリッチオがちらっと見たように思いました。
ベジタの風にのり、白い雲がゆっくり空を渡っていきます。
その夜、
手にした小さなボトルを何度も何度も見つめるリコピン。
「こんな金色、見たことない」
オリッチオがくれた金色の滴が、
リコピンの頬を鮮やかな赤に染めました。
🌟~ おしまい、おしまい ~🌟
《P120811》 🌎🌐地上綴り🌎🌐