北極へスキー板をもってゆく 穏やかなホワイトアウト編 (北緯68度25分〜北緯69度40分)
1. ローカル・ナルヴィク・ぶらぶら (北緯68度25分)
ベッドの上に散らばった日用品入れには埃の積もった酔い止めが入っている。ほとんど誰も買わない、つまり誰もこの地では船酔いなどならないことの証明のようなパッケージをジッと見つめる。
今回、ハシュタ (Harstad) からトロムソ (Tromsø) まで乗る予定の高速船はあまりの悪天候に中止となった。荒れた海に慣れた北極圏の人々も船旅を取りやめる春の吹雪に阻まれ、私たちはバスでの迂回を余儀なくされたのだった。そうして土曜日のバスダイヤは私たちを目的地に連れていかず、まったく訪問を予期していなかった街、ナルヴィク (Narvik) の宿で一晩を明かさざるを得なくなった。
慌ててピザ屋の Wifi で取った部屋は4人部屋で、余ったベッドに無造作にリュックサックを投げうってある。意気消沈しながら廊下にでてみると、他の宿泊客が談話エリアで楽しそうに話しながらスキー板の手入れをしている。より心が沈む。消防設備を眺めてすぐ部屋へ戻った。雪で湿った靴下をセントラルヒーティングに投げつけて横になる。
うたたねから起きると、同行者はこの宿の水がうまいうまいと言ってずっと洗面台から水を飲んでいる。私はどっと気疲れが出て再び眠りに落ちた。
起きると窓の外にはフィヨルドが広がっていた。坂の街、ナルヴィク。
宿の朝食はビュッフェ形式で、よくあるシリアル数種類とベリー系のジャム、おいしいチーズやハム……コンパクトなビュッフェ台にバランスよく朝食らしい朝食が並んでいる。ダイニングからはナルヴィク市街とフィヨルドが一望できる。
昨日までと打って変わってさわやかになった空模様に気をよくして早めに移動を開始する。夜のあいだ降っていたらしき雪がそこかしこに積もっている。宿の前の坂からはスキー場が見える。
やたらと道路標識が目に入る。よくみてみると、雪に埋もれて隠れている横断歩道や凍った階段がひっそりと存在を主張していた。
雪に埋もれた階段をそっと降り、ひっそりとした坂を下っていくと、ナルヴィクの中心街に出る。最初の写真に写っている大きなタワーホテルにタクシーがたびたびやってきてはスキー客を乗せていく。前回の記事でナルヴィク出身の旅行客とバス停で会話をしたとおり、ナルヴィクはスキー場で有名な場所で、この時期の宿泊客の多くはゲレンデスキーが目的のようだ。私たちが苦労して背負っているスキー板よりも背丈分大きなスキー板を彼らは軽々と掴んで歩いている。
ナルヴィクは鉄道の終着地である。といっても、前々回の記事で私たちが乗っていたノルウェー国鉄の鉄道網との接続はなく、むしろスウェーデンの鉄道網に属している。スウェーデンで採れた鉄鋼石を冬季に輸出する際、凍結したバルト海を迂回して輸出するための鉄道だ。北大西洋海流によって不凍港になっているナルヴィクへ、スウェーデンの各所から地下資源がどんどん集まってくる。
港で貨物を移し替えるためか、ナルヴィク貨物駅は市街でもっとも標高の低い海辺の貴重な低地を堂々と占有しており、市街の道路はこれを陸橋でまたぐ構造になっている。この陸橋からは見晴らしよくナルヴィクの交通の要衝を眺められる。
鉄鋼石を満載した貨物列車を、フィヨルドを背景に。
この陸橋は、世界のどの陸橋とも同じようにグラフィティアートの展示場だったのだろう。行政主導の「整然とした」グラフィティが集められ、塗り直されている。落書きされやすい場所にあらかじめ絵を描いておくという、近年どこでも見られるメソッドだ。
これは子供が担当したっぽいエリア。
バンクシーみたいなやつ。ゴンドラとケーブルの間の金具に「強いこだわり」を感じる。
ところで、ノルウェーは方言大国である。スウェーデンからの独立の機運が高まった時代、他の国の独立運動でも見られるように盛んな国語運動や文学運動が巻き起こった。そして「独立国家たる新生ノルウェーの国語はどうあるべきか」という問いは、長年の支配者であるデンマークやスウェーデンと自分たちのあいだに大きな言語上の差異がなかったために、よりラディカルに研ぎ澄まされていく。こうして生まれた (発見された; 編纂された; 作られた) ノルウェー語はいくつかの書き言葉のバリエーションに別れ、これらが歴史的変遷をたどりつつ、現在では法的に対等な地位が約束された二大ノルウェー語に繋がっている。
例えば、ブークモールという (デ・ファクトの) 標準ノルウェー語の "hva" (ヴァ; what) は、主に西部の方言を収集して作ったニーノシュク (Nynorsk) では "kva" (クヴァ) と綴り、発音する。では次の写真にある "ka" (カ) はなんでしょうか。
これは北部ノルウェー方言の "hva" に当たる単語。ノルウェーは単に公的な国語がふたつあるだけにとどまらず、現代では多様な方言がそれぞれの社会で高い地位に位置づけられている。もちろん日本でも関西弁が文字になっていたり、会議で関西弁を使う同僚がいたりするだろうが、そうした方言への誇りがいろんな地方にあるというような感じらしい。
もう一個方言いきます。
"E" は "Er" の訛り。
まあ、こういうアートはもともと地域色が出がちではあると思うけど。
この陸橋のたもとにはナルヴィクの有名な看板がある。ハンブルクやワルシャワまでの距離と北極点までの距離がだいたい同じ。ヨーロッパの地図を思い浮かべて、北極点をその上に書き足そうとする。あれ……?直感より難しい。まだ自分のいる場所がどれくらい北なのか、体感で分かってない。思ったより北だけど、望んだよりは北ではない、といったところか。
その近くにはショッピングモールがある。わりあい大きなモールのようだが、休日の朝なのでほとんど完全に閉鎖されていて、わずかにナルヴェセンとバーガーキングのみが開いている。入り口には犬を繋いでおくスペース。犬は寒さを感じない設定なのかな。寒冷地仕様犬。
坂の街とはいえ自転車スペースもちゃんとある。
そしてソリも。もはや道が完全に雪で覆われ尽くすことが前提のインフラ。
路上に停めた車から雪を下ろしている人は地元の人だろう。バスターミナルの場所をたずねると、ショッピングモールと橋のつながった部分の脇の階段から橋の下へおりてトレインヤードに沿ってショッピングモールを回り込むとあると言う。なんだかややこしいな……。はたして、階段を探すところから難儀する。
少し迷って橋を往復しつつたどり着くと、フィヨルドとスキー場と貨物船と貨物列車が一堂に会した徳用ナルヴィクみたいな景色があった (写真の右の方に注目)。暇なので鉄路に沿って奥まで行ってみる。
道の果てには鉄鋼石を積み下ろししたりする工場があった。積み下ろしするだけならどうしてこんなに巨大な工場が必要なのか分からないし煙突みたいなのもあるので、なにか多少の加工はしているのかもしれない。とにかく今日は日曜日なのでシンと静まり返っている。
おだやかなところだ……。ここでスキーしていっていいかな。板あるし。
ずっと歩いているといいかげん荷物が重くて辟易してきた。私はこの大荷物をうまく背負う方法を編み出したと思い、小さなバッグを大きなバッグの紐にくくりつけて雪の上に置き、すっと腰から立ち上がろうとして……盛大にひっくり返った。バッグが重いので寝返りも容易ではない。
カブトムシみたいに暴れてからどうにか起き上がっていると、散歩中の老夫婦が心配して声を掛けてくれた。
──ラヴリーな天気ね!──そうですね、スキー場もよくみえるし──いやほんとね〜ナルヴィクは初めて?──はい、じゃあ知らないよね──
この老夫婦、スウェーデンによく買い物に行くとのこと。税金や物価の安いスウェーデンへ酒類やタバコを買出しにいく習慣がノルウェーの国境付近にあるとは知っていたので、はっきりそうと言ったわけではないが、その類のものだろうと思った。ノルウェー文化の上ではあまり「いいこと」とは見做されないらしいので、深く聞かないでおく。とにかく彼女らが言うには、スウェーデンに行く道が大雪崩の危険があって閉鎖されてしまってイースターまで開かなくなったのだとか。ここ最近のナルヴィクの天気は特に悪いらしい。
「足が悪くなっちゃったからふたりで散歩してるんだけどね」と言いつつ、たくみにストックを使って雪の残る歩道をさくさくと歩いていく。足が……なんだって?アウトドア文化が強いノルウェーでは肉体への要求水準がめちゃくちゃ高いのか?じゃあ私は何に見えてるの?…………カブトムシ?
軽食を買いにいくついでに雑誌コーナーを眺めてみる。ポルノ雑誌の半分くらいの売場面積を船の雑誌が占めていた。ヨット専門誌がふたつ、モーターボート専門誌がふたつ、それに多くの船舶一般誌……。ポルノの半分くらいの需要が船舶の情報にあるのがふつうだとしたら、船の写真を扱うサイトはそれだけで巨額のビジネスになり、電車の中吊り広告も船ばかりになる。……そんなことないよ、なんだここは。
バスロータリーはこんなところ。それでは、一路トロムソへ。
2. フィヨルド・ホワイトアウト (北緯68度25分〜北緯69度40分)
では出発。いきなり三角の山脈とフィヨルド。今日は青空がみえて、老夫婦のいうとおりラヴリーな天気。今日は乗り換えもないし、安らかな気持ちだ。
すこし進むとめちゃくちゃかっこいい橋。いたずら心ある先端の形。スラッとしたコンクリート。お手本のような吊り橋構造。海から伸びて塔に抱きついた謎のクレーン。
美しいフィヨルド。前々回と前回でみてきたように今日もフィヨルドづくしだ。今のところ飽きてない。素朴な桟橋が景色の雄大さを物語る。
ちょっと進んでもう一枚。フィヨルドは少し岬を跨ぐとグッと表情が変わるのが楽しいね。これはモレーンのような中洲が景色を整えている。
バスなら踏破力が高いのですぐに高度をあげてフィヨルドを見下ろすこともできる。今日は対岸がよく見える。ガードレールがハン・ソロみたいに氷漬けになってるけど良い天気。
今日一日良い天気……でいてね……。山には霧がたむろしている。山賊のように注意深く山の上からこちらを見守る。
あーっ……。願いは届かない。たった30分程度でバスは内陸に入り、あっという間に山からの霧に囲まれる。
さらに降雪が始まり、一気に視界は不安定になる。
サークルK。覚えてますか?源義経が逃げ延びてチンギスハーンになったように、サンクスも北欧の地に逃げ延びて……。というより、単に日本はファミマやセブンといったコンビニチェーンが強すぎて淘汰されちゃっただけですね。ここでは元気に繁盛してるみたい。
夏は繁盛するであろうキャンピングカー。こういう北極圏の平原で爽やかな避暑を楽しみつつバーベキュー、ハンティング、パドリング、登山……。すべての拠点づくりに役立つから、ブレイキングバッドの放映以前からキャンピングカーは人気になって当然。
今は整然と並んで、一台の欠けも出勤もなく冬眠中。北欧の高いレンタカー代には冬季のメンテナンス代も加わっているんだろう。
川は雪で完全に隠れていて、たとえば次の写真はいま文章を書きながら地図で確認してようやく川だと断定できた。
こちらは湖だろう。 Google map で同定すると、絵本のような景色になっていた。今はふんわりとした雪がすべてを覆い尽くしている。これはこれで好きだけど。
一陣の風が白いベールを巻き起せば、そのたびに窓の外の景色を雪で塗りつぶす。そんな風景をぼんやり眺めていると、犬の散歩を見かけた。あと少しでも天気が悪化すれば吹雪と言って良さそうな雪飛び交う森のなか、人が歩いている。手からは7メートルはあろうかという2本の長い紐がピンとまっすぐ前方に伸ばされている。積み上がった雪から大型犬のシルエットがふたつ、ちらり、ちらりとのぞく。
カメラには捉えそびれたが、だいたいこういう森だ。もっと視界はわるかった。
人も人だけど、犬もほんとうにすごいねなどと話しながらおやつを取り出す。長時間の乗車になるので腹ごしらえ。これはネーミングセンスの崩壊したプロテイン食品 (雑に甘いのでおいしい)。
裏面はノルウェー語・スウェーデン語・英語の三言語表記。文明国なのでジュールとカロリーが両記してある。ネーミングセンスは壊滅してるけど。
出発から3時間、ようやくフィヨルドに再び出る。開けた空間に出たからか、先ほどまでよりは視界がよい。すぐ近くの対岸は霞んでいるが、それが景色の静けさをいっそう増している。
対岸を眺めつつ道はフィヨルドの奥へ入っていき、氷の塊が浮いているのが見えた。氷の塊は、潮に洗われて流されてしまうのか、ある一定の広さのところまではまったくない。代わりにさざなみが海の表面を覆っている。それよりも奥まって見えない境界を跨ぐと、すべてを氷の塊が覆い尽くす。
バスは絶好調のディーゼルを噴き上げ、フィヨルドの奥にずっと進んでゆく。対岸がどんどん近くなってくる。やがて最奥部にある小さな町を流れる川を横断して一気にカーブを切り、ツバメ返しのように対岸を逆戻りする。川の水がフィヨルドの氷を押し流すのか、川の延長線上の氷だけは薄くなっていた。
前日から世話になりつづけてきた欧州道路 E6 号線はカーブで分岐して内陸に入っていき、ここで本当のさようなら。この先は終点トロムソまで南北に伸びる E8 号線になる。ちなみに E8 号線の反対側の端はフィンランド西南端部の古都 Turku だ。
川を渡り、フィヨルドを回り込むかたちで方向転換したバスは元来た方角に戻りつつ対岸の山づたいに標高をあげていく。それにつれて今まですぐ背後の山に隠れていた太陽光がフィヨルドを照らす。
やがてフィヨルドのなかから干潟が出てきて青空が戻った。だが前方の山地には分厚い雲が待ち構えている。干潟には氷と石ころが散らばっていて、これだけが唯一浜といえる空間をつくっている。
こんな寒々としてみえる干潟でもなにか魚が採れるのだろう、カーテンの美しい小屋が建っていた。夏の間の別荘としてつかわれるとみえて、人の出入りの跡はない (ロシアのダーチャのように、ノルウェーの田舎にはこうした別荘が多数ある)。
道の反対側には高い山が聳えている。
やがてバスはふたたび内陸に入り、薄霧のなかに家々が点在する谷間を見下ろす恰好になる。山に囲まれた南北に伸びる細い細い盆地だ。これを抜けると、トロムソの位置するフィヨルドへ出る。
フィヨルドに出れば景色がまた遠くまで見渡せると期待していた。だがこの盆地を抜けると寒さはいっそう厳しさを増し、風もいっそう強くなった。目の前の海は一切見えず、屋根からは粉雪が溢れ、吹き飛ばされている。
今はこんな景色だが、この家具屋の facebook ページには鏡のように波一つないフィヨルドを背景にした騙し絵のような写真がヘッダ画像にしてある。
ホワイトアウトの状態に陥ると、錯覚を起こしてしまい、雪原と雲が一続きに見える。太陽がどこにあるのか判別できなくなり、天地の識別が困難になる。
海……であることがわずかに分かるのは目の前に氷の割れ目があるときだけ。この割れ目は潮の満ち引きで砂洲に乗っかって割れたか、小川が押し流して割ったものだろう。そうした氷の塊が重なって独特の風景を作っているが、それも沖に出るより前、数十メートルでふさがってしまう。 GPS 的には、海……のはずなんだけどなあ。
キズナアイの「白い空間」のなかってこんな感じなのかな。絶対病む。この写真では氷の割れ目が平面の位置を教えてくれるが、前にも後にもこうした目印のない空間がひたすら広がっている。
それから、ホワイトアウトのただなかって、けっこう暗いんだね。
ホワイトアウトはしばらく続いたが、ここの天気は「晴れる」と決めたらすぐ晴れるたちなのか、あるいは私たちが局所的なホワイトアウトから脱出したのか、ようやく雲から太陽が照らすようになったと思いきやものの数分で青空になった。
雪の禿山だ。恥ずかしがってなかなか出てこなかった見晴らし。木が海際にしか生えておらず、植生の標高限界はすぐ目の前に見える。
トロムソはこの湾の北の端にある。あともう少しだ。
天気の急激な好転も相まって期待が高まる。海もいつの間にか溶けている。
と思えばいきなりまた太陽は雲の中へ。しかし視界の広さは心の広さ。視界の明るさは心の明るさ。大きな船が目の前を通りすぎていく。大きな都市を予感させる。
ちらほら倉庫のようなものが増えてきたあたりを通りすぎると、対岸に大きな街が見えた。ここ数日の感覚で言えば、巨大都市と言っていい。こちらの岸にもいっぱい建物が建っているぞ……!
トロムソは島だ。橋を渡らねばならない。この橋はとても大きく、街はもっと大きく、4時間半のあいだバスで雪景色を眺めていた私たちはうんと勇気づけられた。人の手の入ったものが視界を埋め尽くしているだなんて……!
ガソリンスタンドでは半袖シャツで洗車しているおじさんまでいた。
車掌は終点に差し掛かってしきりにアナウンスを開始した。まず橋のこちら側でいったん止まる。巨大都市 (ここ数日の主観) なので郊外が広がり、島の外にも住宅地がある。その中心地で人を下ろしてから橋を登る。ビルの半地下のようなバスターミナルに入って止まり、順繰りに乗客が降りていく。急ぐ理由はなく、立って列に並ぶのが面倒なので持ち込んだ荷物をゆっくりまとめて最後の方に降りる。降り場を見渡すと、いろいろな人の思いや人生の入ったバッグやスーツケースが乱雑に放り出されている。
ところで……バッグがない……。スキー板もない……。間違えて持っていかれたか……?そんなはずはないでしょ。バスの下の格納庫に首を突っ込んでみると、奥の方にいくつかスーツケースが見えたが私たちのものではない。首を突っ込んだ四つん這いのままで困惑して視線を前にやると、反対側の車道に投げ捨てられた荷物が見えた。えっ、車道に……?
私たちのバッグとスキー板も無事そこから発見された。よかった……どきっとした。でもバスの両側から荷物を下ろすなんてこと、あるか??轢かれない?
本章での移動経路を示す。下の端のナルヴィク (Narvik) から上の端のマダガスカル島みたいな形の島・トロムソ (Tromsø) まで、赤い線で示された幹線道路を通ってまっすぐだ。
3. トロムソ・アムンセン詣 (北緯69度40分)
ホテルは市街ど真ん中に取っていたので、荷物を下ろして散歩へ繰り出す。
目の前の広場にある銅像は誰だ……?
ノルウェーの英雄、アムンセンだ。
南極点初到達のロアール・アムンセン。南極基地アムンゼン・スコットのアムンセンだ。手には地図を、頭には雪を乗せて仁王立ち。
アムンセン広場の端には石碑が立っていた。アムンセンはイタリアの北極探検隊が遭難したと聞きつけ、トロムソからフランス製の水上艇で捜索に行った後に行方が分からなくなってしまった。フランスとノルウェーの人道的連帯の記憶とし、この飛行機メーカー・ラタムの流れを継ぐ航空企業がノルウェーとトロムソに寄贈した、とのことだ (フランス語に自信なし) 。
さらに坂を登ると今度は極地捕鯨のモニュメント。
でかい雪のかたまり。よじ登ってみると子供が上で遊んでいて、大人が登ってきたことで若干引きぎみにこちらをみている。私は意に介さず頂上に立って写真を撮る。それから背中で滑り降り、上着に侵入した雪を……この話はやめにましょう。
大量の船、捕鯨のモニュメント (銛の構えからしても捕鯨でしょう)、巨大な橋と切り立った山。まさにトロムソの象徴的な景色といえるだろう。
途中で雪が出てきたし風もあったが、気にせず散歩を続ける。
ぶらぶらと街を散歩していると気づくのは、図書館脇、図書館下、学校前、広場、ホテルの入り口……あちこちにトロムソの有名な作家やホーコン7世、よく説明の見つからない熊、極めて寒そうな全裸の男の像といったいろいろな像が立っていることだ。像の (特に立像の) 多い街、トロムソ。やがて雪は降りやんだ。
凍結した坂を登っていくと大きな高校があった。ダンスや演劇を教えている高校の専門課程の学校らしいのは読み取れる。しかし、ノルウェー語ではない言語で似たようなことが書いてあるのはいったい……?
通りかかった生徒っぽい人に訊いてみると、これはサーミ語とのこと。私の英語が変だったのか、それともなんでわざわざそんなこと聞くんだと思ったのか、あるいは少数民族の言語を珍しがるのが失礼だったのか、かなり怪訝な表情をされたけど、とにかくわかってよかった。
大通りに戻って散歩を続け、周囲の建物に気を配りながら歩いているといろいろなものをみつける。
たとえば、世界最北のセブンイレブン、(ほぼ) 世界最北のバーガーキング (本当の最北は島の反対側の空港近くにある)、世界最北の聖堂、世界最北のマイクロソフト……マイクロソフト?
北緯69度よりも良い福利厚生があるソフトウェアカンパニーありますか?転職したいな〜〜〜〜
トロムソには多くの見どころがあるけれど、いったんここで細々書きつづけるとキリがないので終わりにして、港の写真をいくつか紹介して締めよう。
これは港のトイレ。
夕暮れの犬の散歩。遠くにトロムソの展望台が見える。景色がこんなに良くなると知っていたら訪れていただろうけど、今回は下から眺めるだけとなった。
ようやくローカルな食材とメニューのちゃんとしたディナーを食べる機会に恵まれ、地元の魚が高級料理になっているのを頼んだ。ノルウェー産のタラやサーモンは日本の寿司屋でも脂のコクが良くて人気だが、それを洋風に味付けしたものだ。醤油なしでおいしい魚料理を作る高等テクニックに数万を払ったがかなりの満足。席は窓際で、ゆっくり日がおちていくのを眺めていると、漁船に数人の人々が出入りしてなにか準備しているのを発見した。夜になってから釣りにでも出るつもりなのだろう。
ワイングラスを数杯あけてから外に出ると急に首のあいだから体温が抜けていく。すこし寒さで手足が震えるが、劇的な寒さではない。北緯69度にしてはね。カメラを構える指の震えは発売直後の GR III が補正してくれた。
宿に戻ると、今日からサマータイムになるよ!というポスターがあった。サマータイムで時間が進むと宿代もったいなく感じない?
ベッドに寝っ転がり、散歩中に買ったトナカイジャーキーを今食べてしまうかお土産にするかという重大問題に思いを巡らせつつ、斜めになっている天井にあいた窓に積もった雪が自重で滑り落ちていってはまた降り積もるのを眺めているうちに眠りに落ちた。
4. 次回予告
次回、物語は佳境に入り、目指す北の果て、スヴァールバル諸島に入ります。運行スケジュールが乱れに乱れ、4時間以上の遅れが出て混雑したトロムソ空港へ向かい、そこからロングイェールビン空港へ。途中、他では不可能な SAS の機内サービスに驚かされます。さて、いままでただの重りだったスキー板が活躍するでしょうか?そして、スヴァールバル諸島はどんな場所でしょうか。