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北極へスキー板をもってゆく すやすや寝台列車編 (北緯55度37分〜北緯63度25分)

1. 概要

童話かなにかで見たのだろうか、罰やら呪いやらで延々と西へ向かう風になってしまった魔女は終わりのない旅を続けているけれど、北を目指すのは終わりのある旅だ。地球が平行する線で分けられて、西風が循環し続ける限り、北は逃げない (数学的には、そうですよね?)。とはいえ最北に行き着くのは簡単ではない。スキー板を抱えていれば、とくにそうだ。

今年の春、北緯78度にあるスピッツベルゲン島の町まで、オスロから鉄道、バス、船、飛行機で4晩ほどかけて移動した。そうしてたどり着いたこの場所は、民間人が休暇に訪れるには最北と言ってよい場所だ。ある特異点をその近傍をもって代えることはできないとはいえ (だって北極点は東西南北が南なんですからね)、日本の夏から思い返せば、はるか遠くのことに間違いないと確信できる。涼をとるため、寒いところについて思いを馳せ、写真を見返しては思いだことを書いていこうと思う。

おおまかな行程はこんな感じ。

1. コペンハーゲン→オスロ→(夜行列車)→トロンハイム

2. トロンハイム→(列車)→ボードー→(フェリー)→ロフォーテン

3. ロフォーテン→(バス)→(略)→トロムソ

4. トロムソ→(飛行機)→ロングイェールビン

2. コペンハーゲン空港 (北緯55度37分) へ

オスロまではスカンジナビア航空でコペンハーゲン経由の快適な空の旅。コペンハーゲンまでの空路は娯楽がたくさん。具体的には、シベリアの川を数えたりとか……3月のシベリアの川は見どころがいっぱい。誰もいない大地をのびのび、うねりうねりと流れ、ところどころ三日月湖を造る雄大な川と大地の織りなす景色を……いくらなんでも見飽きて、機内サービスで映画を……微妙だったけど最後まで見て……寝て……起きて……何したっけ、ようやくコペンハーゲンです。写真はきっとシベリア。


デンマークといえばその電力需要の約43パーセントをまかなう風力発電。

3. オスロ空港 (北緯60度12分) へ

ノルウェー語は少し準備してきたので、 Afgange がノルウェー語の Avganger に対応することくらい想像がつく。ちょろいぞ、デンマーク語。乗り換えがスムーズだったのでデンマーク語をいくら舐めてても痛い目にあわずにすんだ。コペンハーゲンの島を飛び立って北に向かうにつれ眼下の雪が増えていき、木目調の静かで品の良い空港につく。ノルウェー南部の農地はどこまでものどかで、畑がずっと広がっている中に湖と森。森はところどころ直線に刻まれており、北にすすむに連れて黒々とした森と雪の白い線のコントラストが強くなっていく。あの直線はなんなんでしょうね?防火帯だと思うんですが……。湖の方は次第に凍って白くなり、その上にスキーかスケートか、細い曲線がたくさん入っている。

そうした牧歌的な景色を通ってひと気の少ない上品な空港に来たので、首都という感じがしない。首都の風格を隠す空港、オスロ空港。ここで私の言っている首都の風格とは、つまり汚くてでかくて忙しい、あの感じなんですが……。

そう、喫煙所をさがしているのです。

健康大国ノルウェーってマジなんすか?空港の案内をみてもどこにも喫煙所がないし、ゴミも落ちてない。あと物価が高い。ものおそろしい国にきてしまったな。人が少なくて隅々まで綺麗、健康的な木目調な空港に喫煙所がいっさいなく、ハンバーガーが数千円くらいする。あとセルフで淹れるコーヒーのカップがテーブルの脇から1メートルくらい突き出してたわんでいる (紙コップを連続させた「棒」がコーヒー機械の台の下に仕込まれていて、コップを一個ずつ取り出せるようになっているのだが、その「棒」が限界まで通路にはみ出している)。

補充するときにもこうはならんやろと思うし、そもそも客がいれば限界まで突き出していることはないはずだが……。清潔で静かすぎる空港に戸惑いながら受託荷物を受け取る。荷物はこんな感じ。これに加えてデイバッグサイズのリュックがある。

1. でかい登山カバン (マカルー)。服とかがパンパンに入っているように見えるまるまるとした見た目からは想像できない重量の源は底に沈むスキーブーツ2足。

2. スキー板やストック、アイゼンなど2セットがまとまった長くてでかい袋 (特殊手荷物)

迷子になりつつベルト (なんて言うの?グルグルしてるやつ) のところに来てもスキー板がまだ出てないようだったので、床に埋め込まれた魚の彫刻をながめて待つ。「これひとつひとつ違うんだね」「結構深さがあって大きいみたい」「ずいぶん造り込んであるけど、ストーリーがあるのかな……」「ガコン」「ガコンガコン」「え?」。次の便の荷物がベルトへ流されてきた。私たちのスキー板はいったい……?

近くを探し回ったところ、わけわからんところに放置されていた。よく考えれば、ベルトに乗らないから特殊手荷物なわけよね。

ここでちょっと耳より情報。スカンジナビア航空は24時間前までにオンライン申請すれば特殊手荷物の預け入れが無料です。特殊手荷物は、大きさが異常な物体、たとえばスキー板、ゴルフバッグ、グライダーや、それから銃・火器といったもののよう。スカンジナビアは銃大国。銃は書類と雑費を用意し、アンロードしたり、出来れば分解したりしておけば運べると明記してある。週末は飛行機で家族旅行でハンティングに!というノリの家もあるんだろうか。

https://www.flysas.com/en/travel-info/baggage/special/

この荷物を空港のカートに詰めた (詰まってない。スキー板がカートの翼みたいになっている) 段階で混乱は増幅していく。スキー板って重くない?スキーブーツはもっと重い。2足ですからね。これもって旅行するってマジですか?カートパクっていいかな?

4. 寄り道: オスロ市街 (北緯59度56分) へ

オスロ市街はオスロ空港の南にあり、北へ向かう趣旨とは反するので寄っていくか悩んでいた。今日の宿は決まっている。空港駅を通って北へ抜ける、ノルウェー国鉄の夜行列車のなかで寝るのだ。そのために国鉄 (NSB) のアプリを入れていて、これですでにチケットを購入してある。めちゃくちゃ使いやすいアプリですよ、これは (4月下旬以降、ほかの交通網とまとまって Vy という名前に変わりました)。えきねっとは NSB の爪の垢でも煎じてよーくよく反省して欲しい (アプリのレビュー欄かなり悪いけど、Vy に統合されてから改悪されたんかな)。

さて、オスロ中央駅を起点として北に向かうこの夜行列車は、途中、空港駅で止まる。空港発とオスロ発で値段は変わらず、空港で乗り換えるにはすこし時間があく。そういうことならばと、始発からチケットをとりあえず用意しておいた。とはいえ、最終日前日にオスロ観光の時間は少しとってあるし、余計な荷物を抱えたままシビアな乗り換えにいきなりチャレンジするのは避けたかった。このまま夜行列車を待つのが最善手だろう。

ところで、この列車の速度だと、オスロから空港までだいたい35か40分程度だったろうか。とにかく30分よりわずかに長かった。よく規約を読んでみると、 NSB は乗客がノーショーだった場合30分以上経過した時点でその席を再販することがある、と書いてある。あと、空港で SIM が売っていない (ややこしいらしい国内法を回避できるヨーロッパ向けローミング SIM (ノルウェー国内で使える) の移動売店がセブンイレブンの前にあるが、休日なのでさっさと閉まったようだ)。

ヨーロッパの鉄道は、良くも悪くも人情味があって相当雑だなあという印象を持ったことが多いが、もしこの空港の見た目のように、その雑さを悪い意味で裏切ってくるならば……律儀に私たちの席が再販されていて列車の中で眠れず困惑することになるかも?

私たちは相談の上、念のためオスロ中央駅に向かうことにした。喫煙所?空港の外出たらどこでも喫煙所ですよ。いくらなんでもヨーロッパなんだから、さ。

この写真の左奥に巨大なゴミ箱兼灰皿があったはず。というかあちこちにあるような……

オスロ中央駅にいく鉄道は Flytoget がよい。 NSB も乗ったけど、 Flytoget の方が断然速いしすぐ来るしおすすめ。現地で巨大なディスプレイを見ながらチケット買って改札を通れば迷いようがないんだけど、一応リンクを貼っておく。https://flytoget.no/en/

線路が空港の真下を通っていて、普通の出入り口の脇に案内とエレベーターがある。 Flytoget は NSB と別のプラットフォームを持っていて、そちらの方へ降りるには改札を通る必要があるが、着駅では NSB のプラットフォームなので改札はない。車内検札に完全に依存した、外とプラットフォームの間の行き来が自由なスタイルの構造の駅だ。入るのにさえ使えば、あとはチケットをどっかに仕舞い込んでしまってもだいじょうぶ。写真はその空港駅のエレベーターのようす。

オスロ中央駅のデジタルサイネージ。

とっくに閉まった Helly Hansen のショップを覗き込んだり、駅前でトラムに轢かれかけたり……基本的に店が早く閉まっているのでやることがない。SIM は探したけどやっぱりなかった。

5. 寝台列車(北緯59度56分〜北緯63度25分)

ノルウェー南部のボデっとしたふくらみの平原に多くの人が住み、多くの畑が切り拓かれ、鉄道が敷き延べられている。その平原を南から北へ縦断するのには、夜行でまる一晩かかる。え?遅くない?

日本ではもうほとんど見かけなくなったというか、鉄オタの人たちしか乗れる機会を見つけられなくなったんじゃないかという夜行列車だが、ノルウェーではまだまだ現役。食堂車で車掌に話しかけると鍵がもらえる。たしか内鍵するタイプだったような。ところで、日本の夜行列車は寝台車の鍵どうなってるんですか?やっぱり Suica ってわけにはいかないよね?

車両はこんな感じ。 Sove が「寝る」の原形で、下のは「Have a good night」。色もフォントもかわいいね。エクスクラメーションマークがやたら上にずれてるのが気になるけど……

デザインがかわいいのでもっと写真を。これは車両の行き先案内表示。目線の高さに情報が集まっているのはいい配慮。裏の青い鏡文字は、プラットフォームにある広告の映り込み。たぶんね。

車両番号 N-NOR 75 76 75 75 294-8。7多くない?上の写真の車両と見比べて、下のストライプの色が微妙に違う。というか灰色や黒の部分と赤の部分が意外と入り乱れていて、今見返すとずいぶんお茶目にみえる。

車内通路はテーブルを引き出すことができて、例えば昼のあいだはここに座ってお茶をしたりできる。のんびり占領してお隣さんと会話を楽しむという空間なんじゃないかな。たぶん他の客が来ることはない。だって、ここに座られると個室から出られなくなるから……。

スキー板に洗面台が阻まれていてとても不便にみえる写真。じつはスキー板さえなければまともな洗面台が使える。鏡も窓も。

鉄道の写真が多すぎる?細かいディテールは興味ない?まあそうなんですよね……でも、この一ヶ月後に見た目が変わってしまったようなので、もったいなく思って思う存分貼りました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Vy_(transport_operator)#/media/File:NSB_(Norske_tog)_75-39_i_Vy-dekor,_Sundhaugen,_Drammen.jpg

さて、このかわいい赤い夜行列車が、とくに大したアナウンスもなく時間になるとすうーっとターミナル駅を滑り出し、小さな首都・オスロを抜け出すとあっという間に雪の平原へ。それからはトコトコと軽快に北を目指して走りつづけたのです……!というわけにもいかず、何度か貨物などの通過待ちで小休止。あれれれ……。やっぱこの客車、遅いのか……?


6. 明け方 (北緯63度付近)

寝台列車でぐっすり眠って気持ちよく起きた。時刻は午前5時15分くらいだっただろうか。21分に最初の写真が残っている。

ふだん昼に起きて早朝前に寝る生活を送っていたので、中央ヨーロッパ時間で起きることはとても簡単というか、体内リズムと太陽がシンクロしている。

通路の椅子に腰かけて、遠くの明るくなっていく雲、残雪、田舎駅、畑、工場といった風景が流れていくのをみながら血流が回ってくるのを感じた。目がすっかり冴え、車内探検に繰り出して、前日の新聞、車両と車両のあいだに掛かってる電装系のコネクタ、ガラス窓に印字されたボンバルディアのロゴなど隅々まで点検していると、やがて海が見えてきた。海は湿った風を運んできて、列車はあっという間に雨の中へ突入した。下の写真は、心根のやさしい人にだけ海が見える写真です。

ボンバルディアのロゴ。

寝台では Wifi が使えるんだけど、あたりアクセスポイントとはずれアクセスポイント両方飛んでるっぽく、なんやかんやとがたがたやる必要がある。

この車両で移動した経路はだいたい以下の地図に示した。

https://www.norgeskart.no/#!?project=seeiendom&layers=1006,1013,1014,1015&zoom=4&lat=6832627.03&lon=192129.61&markerLat=7065803.845317585&markerLon=270754.9162516275&panel=searchOptionsPanel&showSelection=false&sok=Purkholet&drawing=2y901GwBp-uzT9muvRzO



さて、本日の移動はこれまで。次回は嵐のトロンハイムから始まります。
再び乗り換えた列車では素敵な地元の人たちとの出会い。「あれが北極圏の石碑さ」「一気に雪景色になりましたね」「例年はもう暖かくていいころなんだけど……」。自然と会話は弾み、延々とコーヒーを飲みつづけます。捕鯨国ノルウェーと日本。ノルウェーの鉄道の逸話を聞いて、日本の「あること」を連想しました。楽しい列車旅には別れがつきもの。10時間掛けてたどり着いた終着駅でふたたび私たちは荷物を抱えます。そして雨の港を走り、荒れた春の北極圏の海へ高速船で突入しますが……

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