あの時
中学校に入学して一番の親友だったまりのと二年生になってクラスが別れて一ヵ月経つ。
はじめのうちはただ寂しかった果穂も、同じクラスで新しい友人もできて、空いた時間には隣りのまりののクラスに出入りしたりして、二年生もなんとか好スタートを切ることができたように思う。
まりのの隣りの席は佐橋君という一年の終わりに香川県から転校してきた男の子で、果穂が行くとすっと席を立ち、どうやら場所を空けてくれているようだった。
ある日まりのに方程式の解き方を教えてもらっている時、果穂が胸ポケットからペンを取り出そうとしてうっかり床に落とし、パーツがバラバラになってしまった。
あわてて拾い集めたが、チャイムが鳴り、果穂はパーツを握りしめて自分の教室に戻った。席にすわりペンを組み立てたが、パーツが足りないのか、元に戻らない。
授業が終わってもう一度まりののところに行き、「パーツ落ちてなかった?」と聞いたが、まりのは首を振り、「えー、どこいった?」と一緒に床を探してくれていたその時だった。
「これ?」
振り返ると佐橋君が何やら白いパーツを差し出している。拾ってくれていたことに果穂が驚いて、
「えっ、なんで? あっ、落とした時に騒いだから?」
と言うと、
「思い入れのあるものなんでしょう?」
佐橋君はそう言って果穂に手渡した。
そう。そうなの。まりのが東京に遊びに言った時に上野動物園でお土産に買ってくれたペンなの。
今だった。今、佐橋君はただの隣りのクラスの男子じゃない、果穂にとって特別な男の子に変わった。
これから先、きっと何度も「あの時」という言葉で思い返すのだろう。
果穂にパーツを手渡した後で友人の輪の中に戻っていき、友人の軽口に笑顔で返す佐橋君の横顔を。
言葉にできない思い。それは言葉にするとしたら「ありがとう」なんじゃないか。そう果穂は思った。
おわり