金木犀の咲く頃に 後編
葵は学校の裏門を出たところで颯太を待つこの時間が好きだった。
少し先には金木犀があって、季節が来るとこのあたりは金木犀の香りでいっぱいになる。
業務連絡。葵が悠大の言葉を思い出していたちょうどその時、自転車に乗った悠大が通りかかって話しかけてきた。
「すっげ目立つところで待ってんじゃん。高梨先輩人気あんのにどんな心臓だよ」
葵は思わず笑った。
「その笑顔を先輩に見せろって言ってんのー」
悠大はそう言って通りすぎて行った。
その時ちょうど颯太が自転車でやってきた。自転車から降りると、葵のそばで自転車を押しながら歩き始めた。
「今の、サッカー部の一年?」
葵がうなずくと、へえ、と短く答えたきり、黙って進んでいく。
いつもなら葵の歩くスピードに合わせてくれるのに、どんなに葵が急いで歩いても、こちらを見ない颯太との距離はどんどんひらいていく。
葵は泣きそうになった。だがぐっと我慢した。泣いたら涙で何も言えなくなってしまう。悠大とのやり取りを見られたのかも知れない。悠大とは親戚だってことを、ちゃんと言わなきゃいけない。
話したいことはいつもたくさんあった。でも颯太を前にすると緊張してうまく話せなかった。
葵はもうほとんど走っていた。走りながらこらえきれず泣いてしまった。
驚いて振り向く颯太が涙で揺れて見える。
「先輩のことが大好きだから。いつもドキドキしてうまく話せないんです」
そう言ったけれど、涙でぐしゃぐしゃで声になっていなかったかも知れない。
涙がとまらない葵に、颯太は自転車を止めて、ごめん、と言って片手を差し出してきた。泣きながらその手を握りしめて葵は思った。
大きい笑顔なんて、いらないの。
金木犀みたいに、誰にも気づかれない間にそっと咲いて、皆が笑顔になれるような人になりたい。
いつかまた、子どもの頃のように笑えたら。高梨先輩の前で。
金木犀の咲く頃に。
おわり