はじまりの 前編

「匠(たくみ)君、ここ!」
 陸(りく)とマネージャーの万里がオーディション会場のビルに着くと、万里は片手を上げて入り口にいた匠に駆け寄った。
 陸はなるべく考えていることが表情に出ないように匠を見た。
 自分と同い年の男子が事務所に入ってきたことは聞いていた。街中でスカウトしたらめずらしく自分から芝居がしたいと申し出たとのことで、陸と同じ俳優部門に所属している。
 スタッフがスカウトしたくらいだから見かけはいいんだろうなと思っていたが、匠は中学一年生にしては身長が高く、Tシャツとデニム姿ですらりとした四肢を所在なげに立っている。
「匠君はオーディション初めてだから緊張するよね」
 互いに頭をさげるだけで無言の陸と匠を気遣うように、万里が匠に話しかける。
 今日は映画のオーディションで、陸と匠は主演の俳優の少年時代の役のために会場に来ていた。オーディション会場といっても大きい会場ではなく、映画を製作する事務所の一室で、陸と同世代の男子たちが、やはりマネージャーらしい大人と一緒に、廊下に立って次の指示を待っている。
陸はまだ園に通っている頃から子役でコマーシャルや舞台に出演していた。
 昨年ドラマで登場人物の子ども時代を演じたところそのドラマが好評で、陸は一躍有名になった。だが浴びるフラッシュが眩しくなるのとは反対に、心が次第に白けていくのを陸はどうしようもできなかった。
 やめるなら今じゃないか。そう思い始めていた。
 自宅は神奈川なのに、母親は陸をサポートするためにわざわざ都内にマンションを借りていた。陸には姉がいて仲もいいほうだが、たまに家族四人で集まっても両親に会話はなかった。
「学業に専念したい」今ならそう言ってやめられる。

つづく

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