日記でもないもの 2/24 「濡らすと便利ですよ」
美容院に散髪に行ってきた。
近所に最近できたおしゃれな感じのお店で、髪を切った後に無料のコーヒーが出てくるところが僕たち田舎者のハートをズキュンと射止めている。大変繁盛しているようで、僕が行った時も数人のスタッフが忙しそうに立ち働いてて、お店に入った瞬間竜巻に攫われるみたいにシャンプー台に連れていかれた。
僕は美容院でシャンプーをするとき、いつも気にかかることがある。それは顔にかけるティッシュだ。
散髪あるあるでよく言われる話の一つに、洗髪中にティッシュの位置がずれてしまうという話があるが、僕が以前通っていた美容室では、この問題を簡単な工夫で解決していた。ティッシュを顔にかけるときに、その上端を濡らしておでこに貼り付けるのだ。
とてもシンプルな方法だが、実際に体験してみるとティッシュがずれる心配がないためいつもよりリラックスしてシャンプーを受けられる気がする。ちょっと大袈裟かもしれないが、初めてこの方法を体験したときは、日本全国の美容師がなぜみんなこれをやらないのかと思うくらい感動した。
この方法を知って以来、僕は初めて行く美容院がこのティッシュ貼り付け法(仮称)を採用しているかどうかをいつも気にしてしまう。別に採用してないならないで全然構わないのだけど、その場合は単純になぜ逆にこれをやらないのかが気になってしまう。
この美容師さんはティッシュ貼り付け法を知らないのか?それともその方法を知った上でティッシュを貼り付けない主義なのか?ティッシュ貼り付け法には自分が知らないデメリットが?自分が教えてあげるだけでこの美容師さんは新たな世界が開けるのか?
洗髪中はいつもそんなことがぐるぐると頭の中を回っている。でも髪のプロを前にして、したり顔でティッシュ貼り付け法を教えたりは絶対にしないしできないので、僕はいつまでもティッシュの下でぐるぐると考え事をしながら、落ちそうなティッシュを口で位置調整したりしている。
ある晴れた休日の午後
心地よい水音に耳を澄ませながら、僕はティッシュを落とさないように注意して口を開く
「あの……ティッシュ……」
「え?ああ!ずれてましたね!すみません、気づかなくって」
「いえ、大丈夫です…………あの…濡らすと…便利ですよ」
「え?」
「ティッシュの上部を…濡らしておでこにくっつけると、ずれる心配がなくって便利ですよ」
ずれたティッシュの陰から見える美容師は、一瞬驚いたような顔をして、次にはにかむような笑顔を見せた
「ああ、そうなんですね!それはいいことを聞いた」
そういうと彼は僕のおでこの上の方に優しく水をかけて、ティッシュを貼り付けた
「こうですか?」
「そうそう、そんな感じです」
「いいですね。ティッシュ貼り付け法」
「いいでしょう。ティッシュ貼り付け法」
春が近いことを知らせる日差しのもと、また新たなティッシュ貼り付け法のお店が生まれようとしていた
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