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自然体でいられる関係が必ずしも上手くいくわけではない|好きな自分でいられるか

「あなたといると自然体でいられる」という言葉。
パートナーを好きになった理由としてあげる人も多い。

理解できるようで、自然体でいられても、その人といる自分の「自然体」の部分が嫌いなら、関係は上手くいかないなあと感じた。

自然体でいられても好きな自分じゃ無い問題

私の場合夫といる自分は自然体。でも産後自分に余裕がなくなっている時は「夫といる自分は好きじゃない」と感じていた。

あら探しをしたり、ささいなことでイラッとしてしまう。素直にお礼が言えてない。

どんなことを言っても、離れていかないという甘えがあるからなんだけどね。。

友達の前での自分の方が好きだと思っていた

友達や仕事関係の人の前ではあら探しもしないしささいなことでイラッとしない。そっちの自分の方がもちろん好きだ。

「友達といる自分は好きなのに、夫や親といる自分は嫌い」だと感じていた。今思えば本当に恥ずかしいけれど、それを夫や親のせいにしていた。

夫がイラつかせる行動をしなければ私だって穏やかに過ごせる
母親が干渉しすぎなければ私だって鬱陶しいと思わずに接することができる

本当の自分は「友達と人といる自分」であり、「身近な人の前での自分」は夫や親のせいで嫌いな自分になってしまうと思っていたのかもしれない。

でもでも、「身近な人の前での自分」だって本当の自分だ。むしろ、自然体でいられる身近な人の前の自分の方が本当の自分なんじゃないか。

人生で一番大切にしたくて一番長く一緒にいるのは身近な人

「一番大切にしたい人は誰ですか?」と聞かれたら、パートナーや子供、親などの身近な人だと答える人も多いはずだ。

一番大切にしたいのは身近な人なのに、身近な人の前での自分が好きじゃないなんて幸せに過ごせるわけがないし、家族だって幸せじゃない。

そして身近な人の前でも好きな自分でいられたら、ほんとの自分がもっとレベルアップするはずだ。

どんな自分が好きでどんな自分が嫌いかを考える

だったら、身近な人の前でも好きな自分でいられるようにしよう。

どんな自分が好きで、どんな自分が嫌いか考えてみよう。

前向きな話をしている時、相手のことが好きと感じながら接する時、優しくできる時、感じたこと・考えを素直に躊躇せず伝えることができる時の自分が好き。

あら探しをしてしまう時、相手の気分が悪くなるような言い方をしてしまう時、素直になれない時、意地悪しちゃう時の自分は嫌い。

好きな自分でいられるかどうかは自分次第

そして好きな自分でいられるかどうかは自分次第だ。

嫌いな自分になってしまうのを他人のせいにしていたけど、それも自分次第。

いつもどんな自分でいたら好きな自分でいられるかを考えて言動や行動を選択しよう。

自然体の自分が好きな自分なら毎日ごきげんで過ごせる

結局、無理せず自然体でいられる関係が良いにこしたことはない。

その自然体の自分が好きな自分で過ごせるようにしたいと思う。


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