バイトへ行くつもりが、海を経由して児童相談所にたどり着いた話①
1年前の5月頃。その日は死ぬほど気分が重かった。気分がダメな日に限って空は晴れているもので、その日も嫌なくらいに晴れていた。
バイトに行かなければならない
そんな小さなプレッシャーに、私は心をやられてしまっていた。たったそれだけのことで心がやられるまでには過程があるけれど、省略して言うと、その頃の私はめちゃめちゃに精神を病んでいた。
バイト先に向かうふりをして店を通り過ぎ、最寄りの1駅先まで自転車を漕いだ。ばっくれたのだ。
最寄りの一駅先というところに深い理由は無いが、その道のりは、緊張する自分を落ち着かせるのにちょうどいい距離だった。落ち着いている場合では無かったけれど。
駅に着いたらGoogleマップを開いて、そこから1番近い海を調べた。心がしんどくなると、私は水辺に行きたくなる。
途中でショッピングモールの本屋さんに寄ろうと思ったので、とりあえずそこまでの切符を買うことにした。券売機の無駄にデカい発券音が田舎の無人駅に響いて、なんだかひとりぼっちを思い知らされるような気分になった。
電車に乗ると、 私は何をやっているんだろう、という気持ちが襲ってきた。車内の誰もいない空白部分をぼーっと眺めていると、社会全体を俯瞰したような気分になり「すごいな、みんな働いているんだな」と思った。語彙力のないシンプルな感想だが、そのままこう思った。
不安で握った自分の手首から、ドクドクと速い脈を感じた。
その日の私は、家を出る前から出勤する気がなかった。リュックサックには、財布とスマホとポーチと、お気に入りのくまのぬいぐるみを詰めてきた。一緒にいることで安心したかったからだ。
今考えれば、精神がやられているのにバイトを始めるなんて無茶はするべきではなかったと思う。その辺のコントロールが出来ないから、また精神を病むのだ。出勤できないならその旨を伝えるとか、雇用されている身としてのマナーやルールは最低限守らなければならないが、それすらも分からなくなるくらいに心に余裕がなかった。
バイト先や親から連絡が来るのが怖かったので、スマホを機内モードにしてから電源を切った。機内モードにしておかないと、電源を入れた瞬間に通知が来る。
そこまでしたのに、ショッピングモール直通の駅で降りた時、癖で電源を入れてしまった。機内モードにしておいてよかったと思う。
ショッピングモールで買ったのは、森博嗣の「そして2人だけになった」という本だ。ちなみにこれは、未だに最後まで読めていない。本を買ってリュックに詰めたら、目的なしにショッピングモールをふらついた。そのとき、目は常に遠くを見ていて、まるで夢の中を歩いているような感覚だった。
しばらくするとこれ以上ふらついても仕方がないことに気付き、スマホで現在地の駅から海辺の駅までの運賃を調べ、切符を買った。
田舎の駅はなかなか電車が来ないが、その日は運良く直ぐに電車が到着した。まるで逃げるのを手助けしてくれているかのように思えたが、どことなく寂しくなった。
電車の中で、ショッピングモールで買った本を読んだ。気を紛らわすために買ったが、頭の中は本どころではなく、ほとんど内容が入ってこなかった。たしか海の描写があった気がするが、それくらいしか覚えていない。
海辺の駅に着く頃には、もう外は真っ暗だった。海に向かおうにも周りには街頭もなく、マップを使っても、暗くてどの方向に行けばいいのかわからない。私は状況に絶望して、そこから一気にメンタルが抉られ始めた。
「なんでこんなことしてるんだろう。ここに来るまでの間で電車にでも飛び込めばよかった。ここまで逃げたってどうしようもないじゃないか。」
そんな気持ちでいっぱいになり、どうしようもないことに気付いた私は、知り合いに連絡を取り始めた。
②に続きます