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霊験 1 豆吉19

 豆吉はふるふると顔を横に振ると、「そんなことができるはずがありやせん。あっしは」と言いかけるのを番頭が遮って、主人の前では、手前と言いなさい、とビシリと言われて、「て、手前は、」と、言い直す。「手前は誰に襲われたかもわからないまま寝込んでしまいましたし、その間、この品は手前の手元にはなかったのです。」
「なるほど、それも道理だ。たった今、お前さんの元に帰ってきたのを私たちも見させてもらったよ。」
三人が同時に豆吉の足元の布袋に注目する。
 「それで、お前は、何を願ったんだい?」
番頭が布袋から視線を外して、豆吉に向けた。
 「あっし、いや、手前は何も願ってはおりません。」すぐに豆吉は答えた。
 番頭の目がぱっと開いた。
「霊験あらたかと知って、願いを掛けずにいられるわけがないだろう。」
怒鳴りこそしていないが、厳しい口調だった。
 「そう言われますが番頭さん、」と、豆吉は心底困って答えた。「手に入った次第が次第だ。本心じゃなくて洒落で言っちまった願いとか、好いた女と所帯を持ちたいなんて、真っ当な願い事も叶えた挙句が、凄惨なおしめえだ。おっかなくて願いなんか掛けられませんよ。
 それよか、こいつをどうしたもんかと。粗雑に扱うのおっかねえ。ただただ抱えて、盆まで待って、名前の知れたお寺さんにでも持って行ってお納めさせていただこうかと思っていたところでごぜえます。」
ふうん、と、納得したようなしないような顔で店主と番頭が息を吐く。
 「なあ、豆助、」と、先に声を出したのは番頭だった。今度は少しおもねるようなねっとりした優しさを纏った響きがある。「そんなに困っているなら、どうして、あたしとか旦那様に話しちゃあくれなかったんだい?」
豆助は、少し思案して、「そ、そんときは、こんな話、誰に話しても信じちゃあもらえねえと思って。」
 豆助が言うと、「でも、今は話してくれた。そして、あたしも旦那様も半ば信じる気持ちになっている。な、豆吉、困っているなら、旦那様に預けてみないかい?ソイツをさ。」
再び三人は曰くありの品物を同時に見つめた。
 「へ、へい。旦那様と番頭さんがそれでいいとおっしゃるなら。」
一瞬置いて、豆吉が頭を下げた。
「じゃあ、ここで開けてみてよごさんすね。」と、番頭が豆吉の、返事も待たずに布袋に手をかけた。すぐに血の跡の残る紙の包みが現れた。
 豆吉は背筋がゾッとする思いがした。
番頭は頓着せずにガサガサと紙を開こうとする。おや、血糊がついて、これは、なかなか、と、番頭の呟きで、はっと我に返った豆吉は慌てて、「番頭さん、やめてください。頼みますから、ここで開けるのは勘弁してください。」言いながら既に豆吉は目を瞑っていた。
「色々巻き込まれて覚悟ができそうなもんだが、存外、意気地のない奴だね、お前さん。」と、番頭さんは紙にかけた手を止めて、けけと鼻で笑った。

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