ASKA「歌になりたい」レビュー
約10年ぶりとなるASKAのニューシングル「歌になりたい」。
「10年ひと昔」とは、よくできた格言だ。
この10年間で時代は大きく変化し、シングルCDは、もはやファンだけが買うグッズになりつつある。配信シングル、ストリーミング、YouTubeなどで聴く人々が増えて、そちらが主流になってきたからだ。
それでも、まだ従来メディアの世界では、シングルCDが大きな価値を持っている。シングルCDのヒットからブレイクをするアーティストも少なくない。
未だ従来メディアだけに頼る人々は、まだASKAが音楽活動を開始しているのを知らなかったりする。世代間の情報格差は、ときどき愕然とさせられるほど大きい。
今回、ようやくにしてシングルCD発売が実現し、ヒットチャートに食い込んで、多くの人々がASKAの完全復活を知るだろう。
私は、ずっとシングル発売を望んでいたから、「歌になりたい」のシングル化は、活動再開後、最も嬉しいニュースだった。
ASKA自身、「歌になりたい」を「UNI-VERSE」以来の快作と語っている。
実際聴いてみると、「UNI-VERSE」や「いろんな人が歌ってきたように」「同じ時代を」「BIG TREE」のような壮大なスケールが感じられる。
「宇宙」という言葉を使用しているのは、「UNI-VERSE」と共通していて、楽曲の内容も、「UNI-VERSE」の世界を10年間の様々な経験でさらに深く突き詰めたともとらえられる。
楽曲が描く世界は、主人公自らの人生を俯瞰しながらも、さらに大きく人類や宇宙の根源と未来を俯瞰している。
ASKAは、この楽曲を「『漂流教室』のテーマ曲」と語っている。『漂流教室』は、楳図かずおが1972年から1974年にかけて発表したSF漫画作品である。
荒廃した未来へタイムスリップしてしまった少年の過酷な運命と、母と子の時空を超えた心の交流を描いた名作だ。
ASKAがMV撮影に選んだのはアイスランド。生き物もおらず、人工物も一切ない、溶岩と苔に覆われたその地を選んだのは、きっと『漂流教室』に描かれる未来の地球の姿に近いものを感じたからだろう。
この楽曲の主人公は、若い頃、自らの心技体が充実して、すべて思いどおりになっていくような錯覚に陥っていた。
しかし、歳を重ねていくと、自らが成し遂げてきた実績が意外とちっぽけで些細だという現実に気づく。
サビでは、あまりにも苦く哀しい人間の性(さが)を歌い上げる。誰もが愛に包まれて生きたいはずなのに、願望とは裏腹にいつのまにか孤独な方へ歩みを進めてしまっている性(さが)を。
完璧なまでに幸福に満ちた人生は、この世に存在するのだろうか。そんな問いかけをしてみたくなる。
主人公は、なおも自らの人生を回顧する。
信念を貫くことと夢を追うことのどちらかを選ばなければならなかった人生を。
そして、その結果、過酷な運命を突きつけられたとき、それでもなお信念を貫けるのか。そんな不安を覚える。
だが、主人公は、自らに言い聞かせる。宇宙の中では、ほんの一瞬の出来事だ。
肉体は、仮の住み家であり、人間の意識は、宇宙の命の中で生きている。時を超えても、人間の意識は、ずっとどこかに宿って生き続けるのだ。
もし、自分たちに役目があるのなら、自らの意識を表現する歌になりたい。歌になって、いつまでも、聴く人々のそばに寄り添いたい。
そんな想いが伝わってくる楽曲である。
この楽曲の一番の聴きどころは、サビの輪唱だろう。
女性コーラスがメインのメロディーを歌い、遅れてASKAが被せるように同じ歌詞を歌う。メロディーは、少し変えて。
その結果、サビの歌詞を極めて強く印象づける効果を生み出している。
サビをこうした歌い方にする曲としては、CHAGE and ASKAで発表した「no no darlin'」が印象深い。あのときは、CHAGEが女性パートの役割を担ったが、今回は正真正銘の女性ボーカル、藤田真由美とSHUUBIが担当している。
ASKAは、「no no darlin'」とともに、「僕らが生まれたあの日のように」を意識して制作したという。ASKAと小田和正が共作し、多くの有名アーティストが歌唱参加したチャリティーシングル「僕らが生まれたあの日のように」は、山本潤子と浜田麻里がサビの主メロを歌い、崇高な母性を感じさせてくれた。
女性の優しく温かい歌声には、男性にはない母性が宿る。そのため、「歌になりたい」のサビは、あたかも聖母が生命の真理を歌っているかのように感じられるのだ。
そして、ASKAがメインで歌う「歌になりたい」気持ちを表現するCメロ。最も重要なフレーズを最も効果的なメロディーで表現するのがASKAの真骨頂だ。
1回聴いただけで、希望と強い意志を熱い心情で奏でるメロディーと歌詞が頭から離れなくなるほど、このCメロは快作だ。
「歌になりたい」は、ASKAのコンサートツアー2019『Made in ASKA -40年のありったけ- in 日本武道館』本編のラストを飾った。
まず最初に散文詩の朗読。そして、「みんなでおとぎ話になろうよ」というフレーズから、イントロにつながっていく。その流れが感傷的で、詩と歌が一体となって沁み渡る。
「歌になりたい」ASKAが描き上げるこの楽曲は、活動再開後のASKAの活動指針と言っても過言ではない。
私たちは、どうやらこれからどんどん歌になっていくASKAを見ることができそうである。