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『ASKA premium concert tour -higher ground-アンコール公演』ライブレポ
今度こそはライブツアーを完走する。
そんなASKAの意気込みに立ちはだかるように襲ってきたコロナ禍第6波。
ASKAの活動は、いつも一筋縄では行かない。もはや、そんな運命の元に生まれたのではないか、と思えるほどに。
それでも、ASKAは、決して立ち止まらずに走り続ける。
このアンコール公演は、アンコールと謳いながらも、ただのアンコール公演ではない。
セットリストも、全体の構成も大きく変えてきているから、新ライブツアーととらえた方がいいだろう。
オープニングは、荘厳なインストルメンタルから始まる。まず、目立つのはASKAバンドに戻ってきてくれた是永巧一の華やかなギター演奏。人目を引く派手な風貌もあの頃のままだ。赤を基調にした服とウエスタンハットが映える。
そして、同じく長年ASKAバンドでギターリストを務める鈴川真樹のギター演奏が続く。鈴川は、黒で固めたシックな服装。ほとんど直立不動で冷静沈着に弾く姿は、まるで硬派な職人のようだ。
後から思い起こせば、このツインギターの2人の陽と陰の対比がこれから始まるライブの陽と陰を象徴していた。
ツインギターの見事な融合を堪能した後は、Get The Classics Stringsの優雅な演奏に魅了される。
まるでクラシックのコンサートを観ているような錯覚に陥るほどだ。
そして、ASKAが登場し、ASKAとASKAバンドとストリングスの三位一体のステージの幕が開く。
様々な障壁を乗り越えながら新しいことに挑戦し続けるASKAの姿を象徴する楽曲が1曲目だ。
最初の5曲のうち4曲が最近5年以内に発表された曲なのだから、新生ASKAがこの世代にしては驚異的なペースで名曲を生み出し続けていることに驚かされる。
この世代になると、セットリストのほとんどが若き日に売れていた往年のヒット曲になりかねない。
しかし、ASKAは、半数近くを最近の楽曲にしても何の違和感もないどころか、相乗効果を生み出している。
ASKAの楽曲は、時代の風潮を敏感に反映しているせいか、今回のライブは、コロナ禍での生き方を考えさせられるようなフレーズが耳に残った。
コロナ禍になってから発表された楽曲からだけではなく、過去の楽曲からもそれを感じるのだから、現在のASKAの歌声によって、過去のメロディーや詞に現在の魂が宿るのだろう。
私がもっとも嬉しかったのは、久しぶりに披露された8曲目だ。
心の内面の風景と願望を歌った抽象的な詞は、ASKA自らが持っている数多くの苦悩と孤独を最初は切なく語りかけ、そして中盤では激しい心の叫び、そして、終盤では達観へと至る。
私が大学時代から社会人数年目にかけての不安定な頃、自分の進む道を見失いそうになったとき、最もよく聴いて救われた楽曲だ。
一瞬にして、あの当時の記憶がよみがえってきて、胸が熱くなった。
そんな私の気持ちを引き立てるかのように、ステージの照明も凝っていて、AメロからBメロにかけては緑を基調としていたのに対し、サビに入ると青を基調とした照明に切り替わる。
そういった細かな演出が行き届いているところもASKAのライブの魅力だ。
とはいえ、完璧なライブをするのかと思いきや、30年以上歌いつづけているはずの楽曲で歌詞を間違えたりする。しかも、1番のBメロと2番のサビという2か所で。
そして、休憩タイムにその2か所を歌い直そうとするも、そのうち2番のサビは、間違えてない1番のサビの方を歌い直してしまうのだから面白い。
誰も到達しえない高みにいる音楽家でありながら、たまにお茶目なエンターテイナーの顔を見せるASKAは、やはり唯一無二だ。
そして、このライブの最大の見どころと言っていいのは、手数王菅沼孝三と手数王女SATOKOの共演だ。
前回の『higher ground』公演は、菅沼孝三がドラムを担当していた。そのアンコール公演だけに、本来であれば今回も菅沼孝三がドラムを叩く予定だったはずだ。
しかし、菅沼孝三は、宇宙へ行ってしまったから、今回のライブに参加できない。
ただ、菅沼孝三は、宇宙へ旅立つ前、しっかり後継者に託してくれていた。「もし自分の身に何かあったら、ASKAさんのことを頼む」と。
その後継者こそ、手数王女のSATOKOである。
ライブの中盤、盛り上がりが欲しいところで、SATOKOと菅沼孝三2人だけのドラムセッションが響き渡る。
菅沼孝三は、チャゲアスバンド時代の映像での参加だ。
涼しい顔で楽しそうに激しいドラム演奏を繰り広げる菅沼孝三と、それに必死についていこうと髪を振り乱してドラムを叩くSATOKO。
2人の激しく高揚感を煽る演奏は、観客を熱狂させていく。このときばかりは、マスク越しに声を上げてしまった者もいただろう。
まさに、SATOKOのASKAバンド加入襲名披露の舞台となった。私も、全身全霊で手数王が乗り移ったかのようにドラムを叩くSATOKOの姿にグッと来てしまった。
そして、こんな言葉が浮かんできた。
「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり」
これは、明治から大正にかけて活躍した政治家、後藤新平の言葉だ。プロ野球の名選手・名監督として偉大な功績を残した野村克也が好んで引用したため、現在でも広く知られている。
手数王は、地上にいる間、多くの後継者を残してくれた。その1人が手数王女のSATOKOである。
私は、このライブでSATOKOのドラム演奏を聴きながら、手数王の魂と技術は、永遠に引き継がれていくことを確信した。
このSATOKOと菅沼孝三の共演は、12曲目と13曲目の間にあった。
実を言うと、このライブツアーの初日は、13曲目が別の曲になっていた。
しかし、ASKAがブログで明かしたように、SATOKOと菅沼孝三のドラム演奏があまりにも強力であるため、ASKAがセットリスト変更を余儀なくされた。
つまり、2人のドラム演奏の後でも、違和感がないほど強力な楽曲を持ってこざるを得なかったのだ。
この日のライブでは、初日は16曲目に披露した、おそらく今回のライブで最も強力なリズムとメロディーを刻む豪華な楽曲に変更していた。
かつて「SAY YES」がドラマ『101回目のプロポーズ』のシナリオを変えさせてしまったように、SATOKOと菅沼孝三は、ASKAのセットリストを変えさせてしまったのだ。
この場面がライブの流れを大きく変えるきっかけとなった。それまではどちらかと言えば『陰』の雰囲気が前面に出た楽曲が多かったのだが、一気に流れを変えて『陽』の雰囲気が前面に出てくる。
CHAGE and ASKAの企画盤『Yin&Yang』を思い出さずにはいられなかった。
それからのASKAの歌唱、そしてSATOKOや是永巧一らのASKAバンドの演奏、そして、ストリングスの演奏の三位一体は、圧巻だった。
加えて特筆すべきは、ASKAが最近取り入れていると言われる左右の声帯ハイブリッド歌唱だ。
これまでにも増して、迫力があり、さらには艶が出てきて、かなり声が若返ったように感じられた。
ときに社会状況を歌い上げ、ときに自らの内面を歌い上げ、ときに音楽への愛情を歌い上げる。
後半は、ASKAがライブを全速力で駆け抜けているようで、時間が一気に過ぎていく感覚に陥った。
そして、アンコールでは、ASKAの音楽人生のターニングポイントになった2曲を披露する。
きっと、この配信ライブを視聴した人たちは、実際の生ライブに参加してみたい、と感じたはずだ。
このライブは、コロナ禍の渦中であるがゆえ、ASKAが立つ舞台に線が引かれていて、それより前には出てはいけない規制があった。
ASKAは、ライブ中、それをとても不満そうにしていたのだが、ライブ終了後、ASKAバンドやストリングスと手をつなぎ横一線に並んで観客にお礼をする儀式でついにその禁を破る。
ASKAがASKAバンドやストリングスに促し、全員で線を超えて前に出たのだ。
私は、ここにASKAの真骨頂を見た気がした。
世間の常識や規制などを超えて、自らが信じた道を歩み続ける。
きっとASKAは、これからもそんなライブを繰り広げてくれるだろう。