熱
風邪をひいた。
仕事をしていた時はめったなことでは体調を崩さなかったのに(ストレスによる慢性的な頭痛腹痛は除外する)自堕落な生活をしているとどうやら免疫力が下がるようで。
私は過去に二度、無菌性髄膜炎を患っているので免疫力が低下するとそうならないか怖々生きている。
今回は風邪でよかった。
熱が出そうで出ない。三十六度七分から九分のそこを、いつも彷徨う。
いっそのこと、がががっと熱が出てくれたら素直に諦めがつくものを、いつもふよふよと微熱にならない微熱で燻る。
しかし確実に喉は腫れているし、これも片方だけだが、なんだか身体全体が気怠さで抱きしめられているみたいだ。
冷却シートを額に貼り付ける。冷たくて気持ちがいい。
高熱の時にこのシートを貼ると呆気なく冷えがなくなってしまうが、微熱の時には丁度いい。
貼った先からひんやりが肌に広がる。
全部貼り付けてしまえば、はぁ、と溜め息が出る。
身体中の熱が全部額に集約され、ジェルシートに吸収されているみたいだ。
熱たちも冷たい場所を探していたのかなと思う。そんなに走ると転ぶよ。
冷却シートは一時的なものだ。
しばらく熱達が集合してしまうと、冷えと手を組んでそこに温く留まる。
眠りにつく前にそうなってしまうと、なんとも気まずい。
自分自身のことなのに、この事態をどうこう出来るのは今私しかいないのに、まったくどうしようかと悩む。
一旦剥がしてしまって、なんならラップでジェル部分を保護して、冷蔵庫に入れて冷やすか。いや、新しいのを出すか……いやもう動きたくない。
私は動きたくない。
起き上がるのが嫌なのだ。
ましてやラップなんて無理。
冷蔵庫を開けた時の冷気は恋しいが、それ以上に今この布団にいることが大事だ。だって今体調不良だし。
これでもかと言うほど体調不良を振りかざして頑なに動くことへの免罪符にする。
三十六度八分のくせに…。
そうして額にすっかり温くなったジェルシートを携えて、微睡みの旅に出る。風邪の時って何かしら悪夢を見るんだよな。それも風邪の時嫌だと思うひとつ。
少し微睡んで、やはりジェルシートの温さにどこか気持ち悪さを覚えて、さっき逡巡したのは何だったんだと思えるほどの速さでベッドから降りる。早足で冷蔵庫に向かい、冷凍庫部分を開けてゲル状の氷枕を取り出す。
ついでにタオルも取る。なんならついでに冷蔵庫から経口飲料水を取り出して飲む。
ベッドに戻り氷枕を枕の上に乗せて、頭の下に敷く。
高い。
高すぎ。
これじゃ眠れません。悪夢も加速する。
ただ、氷枕だけの高さだと逆に低すぎる。
なので首の後ろにこさえるが、こちらはほんの数十秒で身体全体が寒くなってしまう。
だからこの氷枕からは降りたり乗ったりを繰り返す。
タオルを巻き直してみたり、髪の毛を敷いて首の丁度いい位置を探したりしているうちに、氷枕の冷気を上手く感じることができるようになる。
こうなるとゾーンに入ったなと思い、全能感に浸る。何でもできそう。体調不良のくせに。
ようやく眠れる。
悪夢でもなんでも、今この気怠さを手放すことが出来るならなんでもいい。
あー、さっき、冷蔵庫でジェルシート交換すればよかったなあ。
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