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黒沢清監督作にみるロケ地や衣装~『CURE』から『スパイの妻』まで~

今回はkayserが、映画にまつわるあれこれを紹介します。つい先日、ようやく『スパイの妻』を観ました。太平洋戦争前夜の神戸を舞台に、貿易商の夫が連合国のスパイだと疑われる妻の物語です。いわゆる歴史ものの作品でありますが、作品の内容もさることながら、ロケ地や衣装の完成度の高さに感心してしまいました。
これまでの黒沢清監督作品に関しても、その世界観を生み出すための撮影場所から衣装、小道具にいたるまで特に素晴らしいと思っています。そこで今回は、そこから生まれる効果や魅力に関して紹介します。

黒沢清作品といえば「廃墟」です

黒沢清作品といえば、おなじみの「廃墟」。私自身、廃墟好きということもありますが、『CURE』の終盤に登場する廃墟や『回路』に登場する工場跡など、各作品の要所ごとに「不穏な」雰囲気を醸し出す建築物が登場してきます。『CURE』は猟奇殺人事件を追う刑事の姿を描いた作品。役所広司演じるその刑事が最終的に辿り着く廃墟の朽ち果て感が恐怖を煽ります。また、インターネットと死後の世界を繋ぐ『回路』では街全体が廃墟と化していきます。

廃墟そのものもそうですが、その建物のシミや汚れなどを見るとワクワクするのは私だけでしょうか。あの質感というか存在感が不安を掻き立てていく感じがたまりません。特に好きなのは、黒沢組常連の役所広司が連続殺人事件を追う刑事を演じる『叫』に登場する工場跡や精神病院。黒沢作品のアイコン的な役割を果たしています。

廃墟を使うのは世界感の構築はもちろんのこと予算的な問題も絡んでくるかもしれません。しかしながら、撮影しているロケ地だけでこんなに楽しめる作品は、私にとっては黒沢作品が一番です。

また、廃墟に限らず、町全体がまるでこの世ではないような不思議な世界観を醸し出していることもあります。それは『岸辺の旅』でロケ地となった神奈川県にある山北町です。

この作品は、浅野忠信演じる失踪した夫が3年後、深津絵里演じる妻のもとに突然帰ってくるという物語。夫がこれまで辿ってきた場所に向かい、2人で旅に出ます。その旅先のひとつが山北町。レトロな風情ある街並みが作品世界にピッタリでした。

印象的な衣装

黒沢作品で印象的なもののひとつに「赤いワンピース」があります。『CURE』では、主人公の刑事が2回目に訪れるクリーニング店のシーンで、真っ赤なワンピースが出てきます。急に出てくるので、「何?」という感じですが、あるインタビューで黒沢監督はこの赤いワンピースは映画『悪魔のような女』と答えています。この映画は、1955年制作のアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督作品。妻と愛人が結託して夫を殺すという物語です。

『CURE』のクリーニング店では、赤いワンピースがぬっと出てくることで、あたかも首なしの体が出てきたような印象を受けます。主人公の妻の死を連想させるようなドキっとするシーンです。
この赤いワンピースは、『叫』でも登場します。葉月里緒奈演じる幽霊が着ているのも、真っ赤なワンピース。作品カラーともいえるほどのインパクトで登場します。

色という観点で印象的な作品は『スパイの妻』です。東出昌大演じる神戸憲兵分隊本部の分隊長が着ている軍服の色。よくあるカーキ色ではなく、少し青みがかった色をしています。実は、ここには監督の意図が反映されているようです。それは、憲兵たちを冷たい印象にしたかったからだと。衣装ひとつで、独特の世界観が生み出されています。さすが黒沢作品ですね。

ロケセットで表現する登場人物の関係性

ここまでロケ地について紹介しましたが、黒沢作品では、実際に美術担当が制作したロケセットでも、その作品世界を作り出しています。特におすすめしたい作品が『散歩する侵略者』です。松田龍平演じる侵略者に体を乗っ取られた夫と長澤まさみ演じるその妻。彼らは、もとは不仲な夫婦でありました。

この2人の暮らす家をロケセットとして作り変えてます。2棟あった公団のような建物をぶち抜いてひとつの家にしたとのこと。この2人の冷めた関係性を現すために、家の端々に「斜め」の要素が取り込まれています。2人の危うさや不安定さが表現されていると思いませんか。

また芝居が途切れないような自由度の高い空間にもなっています。そのなかで、柱を置くことで、空間的なアクセントにもなるのと芝居に効果的に使うこともできます。

この柱に関しては、『岸辺の旅』においても同じことがいえます。主人公夫婦の家に印象的な柱が登場します。物語の中に絡んでくることはないのですが、奇妙な存在感があります。私だけなのか、不思議と目が離せないのです。これも監督の意図なのでしょうか。

絶妙な配置のロケ場所

こんなに作品にぴったりなロケ場所があるだろうかというのが最初の感想だったのが『クリーピー 偽りの隣人』。前川裕原作の奇妙な隣人に翻弄される夫婦の姿を描いた作品です。原作小説同様に映画に登場する建築物の存在感が非常に大きくなっています。

舞台となる住宅街はゆるやかな傾斜地にあります。その傾斜がやはり不安定な印象を与えます。さらに、住宅街の「いちばん隅にある」ということ、「その先はない」というところが、不安感や別の世界への入り口的な恐怖感を煽っているように感じます。家の横が空地になっているというのも狙ったように思えますが、偶然の産物とのこと。

これは、ごく一般的なある家庭の崩壊と再生を描いた作品『トウキョウソナタ』でも同じような場所になっています。こちらも監督のこだわりだったわけでなく、角の端っこになってしまったのだそう。実はもともと隣にあったはずの家が撮影当日には、解体されて工事中になってしまったようです。こんなところも黒沢マジックなのか!と思ってしまいますね。

歴史ものでも発揮される黒沢マジック

黒沢監督最新作かつベネチア国際映画祭で監督賞を受賞した『スパイの妻』。これまでの作品の多くは現代を舞台にした作品でしたが、ここにきて戦争下の日本を舞台にした作品に挑戦しています。現代劇と違って、この時代の風景を写し出さなければいけない時に、やはり大変なのが撮影するロケ地探しだと思われます、しかし、本作では見事にその偉業をやってのけています。

監督の出身地でもある神戸を舞台としているだけあって、古い建築物が今なお大事に保存されています。蒼井優演じる福原聡子と高橋一生演じるその夫・優作が住む邸宅もそのひとつ。ただ古いだけでなく、その建物が生きてきたかのような生活感も滲み出ています。俳優と一体となって作品の世界観を作り出していました。

また『スパイの妻』は神戸だけで撮影したわけではありません。一番苦労したのが、満州に旅立つ優作と彼を見送る聡子の港でのシーンだそう。現代の神戸の港は高層ビルが並び、明石海峡大橋もあるので、撮影はできませんでした。

そこで、実際に撮影が行われたのは、茨城にあるワイン醸造所。海もない場所を港に見せてしまう、まさに黒沢マジックが発揮され1940年代の港が見事に再現されていました。

まとめ

黒沢清監督作品の魅力をロケ地や衣装などといった点から紹介しました。だいぶ駆け足で紹介してしまいましたが、黒沢作品が、さまざまな角度から楽しめることがわかっていただけましたでしょうか。映画は総合的な要素を組み合わせて成立しています。ぜひ、自分なりの方法で楽しんでみてください。

kayser


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