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まるで『星の王子さま』?ノスタルジー&ファンタジー『ぼくのお父さん』

今回はkayserが担当します

お笑いタレント、俳優そして漫画家としても活躍するカラテカの矢部太郎。さまざまな才能を持つ唯一無二の存在といっても過言ではないでしょう。

2022年10月には最新作、漫画『楽屋のトナくん』が刊行されたばかり。さらに新たな矢部ワールドが広がっています。

今回はそんな矢部太郎の作品の中から漫画『ぼくのお父さん』をピックアップ。作品を紹介しながら、その魅力など筆者の感想も交えて紹介します。

まずは、矢部太郎を知ろう!

カラテカの矢部太郎というと、どういうイメージを思い浮かべるでしょうか。

これは、世代によっても異なるかもしれません。というのも、矢部太郎は、いくつもの顔を持つ人物だからです。その時々で、世間があっと驚くようなことを成し遂げてしまう不思議な魅力があります。

2022年現在、45歳の矢部太郎。高校卒業後は学芸大学教育学部に入学し、教師になろうとしていたとか。しかし、高校時代の同級生、入江慎也に誘われカラテカという名のコンビを組み、芸人への道へ歩んでいくことになります。

この芸人としての矢部太郎を知っている世代からすると、そのイメージが未だに強い人も多いのでは。かくいう筆者もそのひとり。深夜のお笑い番組に登場した矢部太郎を初めて知った時のことを今でも覚えています。その番組でのあだ名は「おこめ」。いいキャラの新人が出てきたなと思いました。

しかし、彼はそれだけではありませんでした。某番組企画では、短期間の間に4か国語をマスター。その後、NHKの『テレビで中国語』にも出演していたことから、日本語以外の語学を5か国語マスターしたことになります。

2007年には、なんと気象予報士の資格も取得します。あの難関といわれている資格です。

そして、2016年から「小説新潮」に連載された漫画『大家さんと僕』に繋がるわけですね。手塚治虫文化賞した名作。この作品で漫画家として一躍、時の人となりました。今の若い世代には漫画家としての矢部太郎の方がよく知られているでしょうか。

その後も作品を発表しながら、俳優としても活躍しています。舞台、ドラマ、映画と精力的に出演しています。

これまでの作品

矢部太郎という人を駆け足で紹介しましたが、彼が世に送り出してきた作品についても、さっと紹介します。

『大家さんと僕』は、主人公の僕とその大家さんである老女の交流を描いた8コマ漫画です。「小説新潮」に連載されると、2017年に書き下ろしを加え単行本を刊行。大きな話題となりました。

最初の作品を刊行してから、入院してしまった大家さんを喜ばそうと続編を連載。2019年に続編『「大家さんと僕」と僕』番外編『大家さんと僕 これから』と続きました。2021年時点で、シリーズ累計発行部数120万部を超えています。

その次に、矢部が題材にしたのが自身の父親。絵本作家としても活躍するやべみつのりと幼い頃の思い出をまとめた漫画『ぼくのお父さん』です。「小説新潮」にて連載されたものをまとめて2020年に刊行されました。

その翌年、2021年からは「モーニング」にて最新作『楽屋のトナくん』の連載をスタートさせ、2022年10月に最新第1巻が発売されたばかりです。動物園を舞台に、ステージに立つ動物たちたちの楽屋を描いたシュールコメディ。

イラストの寄稿も行っている矢部は、同じ2021年、世界的に知られるサン=テグジュペリの『星の王子さま』の挿絵を担当しました。矢部の優しい王子さまは多くの人の心に残るものとなりました。

『ぼくのお父さん』あらすじ

矢部太郎とその作品を紹介しましたが、今回、筆者が多くの人に読んでほしいとピックアップした作品は『ぼくのお父さん』です。絵本作家として活躍する矢部太郎の実父やべみつのり。そのお父さんと幼いたろうが過ごした日々を描いたほのぼのストーリー。

もともと会社員だったやべみつのりは、仕事を辞め絵本作家に。母がフルタイム勤務で外に働きに出かけ、父とたろうは家でお留守番です。

一緒に公園に行ったり、つくしを採ったり、工作したり、プールにいったり、花火を見たり。幼いたろうの面倒をみているようで、実は父が一番楽しんでいること、廃材で作ったおもちゃで、たろうだけでなく、その友だちとも一緒に遊んでくれたことなどが描かれています。

一方で、そのお父さんとは真逆のしっかり者のお母さんやたろうのお姉ちゃんも登場し、家族の物語の一面も。まだ緑の多く残る昭和の多摩地区で、優しい家族が過ごした軌跡を描いています。

ノスタルジックなポエジー

『ぼくのお父さん』は、作者の矢部太郎が5歳くらいの頃の日常を描いた作品。自宅のあった東村山市周辺が多く登場します。矢部が5歳といえば、時代は80年代。昭和の香り漂うノスタルジックな作品です。

ただ、昭和をノスタルジックに感じるかどうかは世代間で異なることもあります。その時代を知っている人には懐かしく、知らない人は逆に新鮮な気持ちになることもあるでしょう。

また、父とたろうの日常を描いた本作は、作家、矢部太郎の描く詩情に溢れた作品です。10コマ前後で描かれる世界は、まさにポエジー。優しい絵柄に、癒しのエピソードは、矢部流の詩的な世界観を味わうことのできる素敵な作品です。

この“浮遊感”の正体は

『ぼくのお父さん』を幾度も読み返すと、読了後に必ず残るのは、なんともいえない“浮遊感”。この“フワフワ”した気持ちとは一体何なのでしょうか。

筆者は矢部太郎とほぼほぼ同世代で、東村山よりももっと田舎に故郷があります。たろうの見てきた風景と同じような景色を見て育ちました。そこに感じるのは、強いノスタルジーです。ただ、この作品が本質的に持っているものは、それだけではありません。

作品の中で描かれるお話に「あるけど目に見えないもの」というエピソードがあります。このストーリーを読んだ時、真っ先に思い浮かんだのは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』「大切なものは、目に見えない」というあまりにも有名なこの一節を思い出しました。人間の命や愛を描いた物語は、世界中の多くの人たちに愛され続ける作品です。

『ぼくのお父さん』の刊行と同じタイミングで発売された『星の王子さま』のイラストを矢部太郎が担当しています。これは偶然の一致ではないはずです。

『ぼくのお父さん』『星の王子さま』に描かれている「目にみえない大切なもの」。忙しい毎日に忙殺され、つい忘れがちな大事な何か。このことを気付かせてくれる作品たちです。

矢部太郎
の描く世界は現実であっても、どこかファンタジックに描かれています。幻想的でありながら、大切な何かを与えてくれる、そんな宝物のような存在です。筆者が感じた浮遊感は、そんな素敵な作品に出会えた幸福感なのかもしれません。

また、他ならぬ矢部太郎の父=やべみつのりの存在自体がファンタジーともいえます。どこか世間離れした不思議な存在。でも、非常に魅力的な人物です。

いうならば、「奇跡のような大人」やべみつのりこと「ぼくのお父さん」。彼ならきっと王子さまにバカにされることはありませんね。ノスタルジーあり、ファンタジーありの唯一無二の名作が矢部太郎原作漫画『ぼくのお父さん』です。

まとめ

今回は矢部太郎の『ぼくのお父さん』を紹介しました。この『ぼくのお父さん』だけなく、前作『大家さんと僕』、最新作『楽屋のトナくん』に共通していえることは、いずれも、今のこの時代に必要なコンテンツであること。

矢部太郎の描く世界は、多くは語らなくとも、今を生きる私たちに大切な何かを思い出させてくれます。未読な方はぜひ、一度読んでみてください。

kayser

#マンガ感想文

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